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奴を立ち上がれないくらいボコボコにしてやる。
そう決意したものの彼女に連絡することもしてもらうこともなく、一夜を明かした。
ならば今日こそは彼女に連絡しようと決心する。今日なら彼女は電話を取ってくれるはずだ。
昨日の谷原からの電話で直感した。あのメールは彼女からではない、谷原からのものだ。それを知らずにしつこく連絡してくる俺に痺れを切らして黒幕登場、と言ったところだろう。
つくづく器の小さい男だ、と思う。今だから豪語出来るのかもしれないが、奴は確実に俺に勝てないと思っている。
勝利の握りこぶしをぐっと握った時、池田ちゃんに学科教本で頭をぱこん、と叩かれた。
「…あのさ、俺一応先輩なんだけど」
「だって呼んでも呼んでも反応しないから。お客さんですよ」
客なんて心当たりがない。誰だと思いながらロビーに向かうと、そこには千尋さんが立っていた。
「あ、こんにちは」
「あ、どうも」
それ以外に会話が続かない。失礼な話、全くと言って良いほど興味がない。俺から話し掛けるこどがないため、千尋さんが話し始めた。
「仕事でたまたま近くを通りかかって…いらっしゃるかなぁって」
「そりゃあもう、教員ですから定時までいますよ」
それだけだ。気まずさに耐えられなくなり、初めて自分から口を開いた。
「すみません、今から教習がありますので」
会釈をしてその場を立ち去った。あとでメールででもフォローするのが礼儀だろう。
だが今それどころじゃない。さっきからずっと携帯のバイブが鳴っていて、鬱陶しさに眉間にしわを寄せて携帯を手にした。
そこにあるのは『香西薫』の文字。何故か真っ先に谷原の顔が浮かぶ。また奴が彼女の携帯を使って姑息なことをしようとしているのかと思うと、無性に腹が立って仕方なかった。
「ふざけんな!良い加減にしろよ!」
電話を取って真っ先に怒声を浴びせた。しばらく沈黙が流れたあと、電話の向こうからは予想に反して全てを包んでくれるような優しい声が響いた。
『えーと…すみません』
ぷち、と電話が切れる音がした。谷原だと思って怒鳴った相手は間違いない、彼女だった。
冷静になって考えなくても彼女の携帯からなんだから、彼女が掛けているのは当たり前だ。谷原は自分の携帯から電話を掛けて来たのに。
慌てて電話を掛け直す。
頼む、出てくれ。その一心でコール音をひたすら聞く。
そして諦めようとしたその時、彼女がようやく電話に出た。
『はい』