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再び目が覚めた。私はまた変な夢でも見たんだろうか…。
でも毎度のことながら目の前に広がる風景を目の当たりにして、現実に打ちのめされる。
ここは谷原さんの実家。谷原さんの部屋。
「起きてましたか」
谷原さんが部屋に入って来ながら言った。私は軽く会釈して笑顔を作る。
「すみませんね、疲れてたでしょうのに」
あれ?と思う。何か疲れるようなことあっただろうか。そしてふと『ある事』がよぎった。記憶にはないが、あるとすればアレしかない。
「…谷原さん、何かしましたっけ?」
「え?何がですか?何かあったんですか?」
「…いえ」
谷原さんは紳士だ。寝込みを襲うほど野暮じゃないと言ったくらいだから、告白してすぐ、なんては考えにくい。好意を持っていたくせに…いや、好意を持っているからか、谷原さんの行動一つ一つに安堵する。
「あ、そうそう」
谷原さんがベッドの方に向かいながら話し掛けた。座った時には二人分の重みでベッドが苦しい声をあげた。
「会社には電話しておきましたよ」
はっとして時計を見る。時計はもう5時を指していた。
今日は水曜日。土日が週休の私は普通に考えて仕事がある。
「やっば…!」
「大丈夫ですよ」
谷原さんが諭すかのようによしよし、と頭を撫でる。
「突然の高熱を出したので有給貰えるよう頼みました」
「で、OK出たんですか?」
「もちろん。新型インフルじゃ困るからって明日も貰っちゃいました」
びっくりして開いた口が塞がらない。いつの間にそこまでしていたんだろう。谷原さんは行動力がある人、というのを改めて実感した。
「どうせなら今日明日ここでゆっくりしません?僕は仕事水木が休みですし、両親は旅行中でいないので気遣いはいらないですし」
変な意味はないですよ、と最後に付け足された。
「でも好きな人とは多くでも一緒にいたいと思うでしょう?」
谷原さんの言葉に顔が火照るのがわかる。クサイ台詞をさらっと言ってのけるし、なによりも何だか似合う。
「…でも私は…」
いまだに彼のことが引っ掛かっている。
すると谷原さんは私の唇の前に人差し指を立てた。
「今はまだ返事はいりません。迷いがあっても構いません。でも…」
そう言って私の前に出していた右手をゆっくり開いて、私の頬をつたうようにして耳の裏へと移動する。
「仕事で培ったセールストークで口説き落としてみせます」
昔一緒にお仕事した時も、店舗の女性たちと交渉に行く前に、「綺麗所を口説き落として来ます」と言った。普段なかなかOKをくれない人たちが許可をくれたのが印象的だった。
私はすっかり、優しさの中に揺るぎない自信を覗かせる瞳から目を反らせなくなった。