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目が覚めた瞬間に飛び起きた。目元を右手で覆ってため息を吐く。
私は夢を見ていたんだ。
谷原さんに抱き締められて、告白されて、家に連れて行かれて、そして愛された。
なんて夢を見てしまったんだという気分に襲われる。そんな願望でもあったんだろうか。
ふと顔を上げると、見たことがない風景が目の前に広がっていた。私の部屋にも、彼の部屋にも、似ても似つかない部屋。
胸騒ぎがした瞬間、左の方から声が聞こえてきた。
「目、覚めましたか」
ここはどこ?何で谷原さんが?
もしかしてあれは…夢ではなかった?
谷原さんはそんな私をよそに優しい笑みを浮かべた。
「家まで送ろうかと思ったら爆睡しちゃってて…起こしても起きなかったのでうちに連れて来ちゃいました」
少しおどけてみせた谷原さんは実家暮し。もしここじゃなかったら収容先はホテルしかない。それを考えると何故だか恐怖感を覚え、シーツをぐっと握った。
谷原さんはそれに気付いたのか、少し苦笑いした。
「大丈夫です、寝込み襲うような野暮な男じゃないですよ」
その言葉に生き返ったような気分になる。谷原さんは嫌いではないし、むしろ好意を持っているくらいだ。順序をわきまえてくれる人で助かったと思う。
力なく数回頷くと、谷原さんがいきなりベッドに上がり込み、私を正面からぎゅっと抱き締めた。あまりに突然のことに目を見開くことしか出来ない。
「頑張ったんだから褒めてくださいね」
その言葉を聞いて慌てる。どうやってここまで連れて来たんだろう…どうにせよ抱えて来ただろう事は確かだ。
「すみません!重いのに運ばせてしまって…」
すると谷原さんは私を抱き締めたまま頭をそっと撫でた。
「すごく軽かったですよ。そうじゃなくて…」
少しだけ距離を離して額同士を合わせる。
「香西さんに手を出さないように頑張ったんですよ。だから褒めてくださいね」
さらに二人の距離が開く。気付けば谷原さんの両手が私の両肩に置かれていた。
そしてゆっくりと、谷原さんの顔が近づいて来る。私は目を合わせることが出来なくて顔を反らした。
谷原さんはまるで私を諭すかのように優しく語り掛ける。
「だから言ったじゃないですか、僕とお付き合いしてくれませんかって」
あの告白は夢じゃなかったんだ。びっくりして顔を上げる。
その瞬間、谷原さんが唇を重ねてきた。どんなに抵抗しても男の人の力には適わない。
息苦しさをおぼえた頃、ようやく谷原さんと離れた。といっても二人の距離が超至近であることに変わりない。
「僕はあなたが好きなんです。そんな言葉では片付けられないくらいに」
この時私は、手元に携帯がないことに気付いていなかった。