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結局今日は谷原さんに連れられて食事に行くことになった。私も谷原さんも6時で仕事終わりなので、二人にとっては都合が良い。



待ち合わせ5分前に駅に来たというのに、谷原さんはもう車を停めて待っていた。運転席側のボディーに寄り掛かっていた長身は、私に気付くや否や軽く会釈した。


「早いですね」


「仕事癖でね、10分前には集合場所に必ず行くんですよ」


「前私と一緒に入った時も、私が来る頃にはいましたもんね」


「ええ。

じゃあとりあえず行きましょうか」





谷原さんにエスコートされるままに助手席へと乗り、目的地へと向かった。谷原さんは温厚な見た目や人柄とは裏腹にスピード狂だ。いつも高速では140kmを平気で出す。今日は一般道なのでその辺は大丈夫だけど…。



緊張を感じるのはそれもあるけど、プライベートで男の人の車に乗るのは彼と谷原さんの時しかない。バイトの頃も今も、何故だかお互い車の中では無言になる。



すると谷原さんが突然質問を投げ掛けて来た。


「香西さんは…確か今はお付き合いしてる人はいなかったですよね?」


「はぁ…はい、そうです」


「結婚願望とかあります?」



この何とも言えない意味深な流れにうろたえる以外方法はなかった。


「そりゃあ…結婚したいとは思いますよ」





その瞬間だった。携帯のバイブがいきなり鳴りだした。ポケットから取り出すと、そこにはあるはずのない『内村新一』の名前が浮かび上がっていた。


ためらいながらも携帯を開き、そっと耳元にあてる。


「…もしもし?」


『今どこにいるの?』


何故か電話の向こうの彼はかなり切羽詰まっていた。こっちも何故だか胸がつまるような気がした。


「どこって…」



そう言ってまわりを見渡してみる。方向オンチの私にはわからない場所。谷原さんがハンドルを握っているならなおさらだ。



…どこ、ここ。


すると彼は吹き出して笑った。さっきの張り詰めたトーンでもない、昔聞いた優しい声だった。


『まさか今いる場所がわかんないとか言わないよね』


「えっと…」



キョロキョロと辺りを見回してみるが、見当もつかない。



その時谷原さんは何を思ったのか、いきなり路上に車を停めた。そして何も言うことなく、じっと私を見つめていた。




『相変わらず方向オンチだね』


彼は苦笑いの末こう言った。あの時と同じようなからかい方についムキになってしまう。


「ほっといてください」




彼は大きめの笑い声をあげた後、少し咳払いをした。短期間でも付き合っていたからわかる、何か大切な話をするときの仕草だ。


『明日さ、仕事何時に終わるの?』


ドキッとする。期待してはいけないのに、彼が私を気に掛けてくれている気がする。

震えそうになる声を一心に我慢して、ゆっくりと、はっきりと答えた。


「えーっと…明日は6時までですね」


『明日さ、9時頃会えたりする?』


「…夜ですか?」


『もちろん』


「うーん…」



会えるかどうかではなく、彼が何を意図しているのかをひたすら考える。彼に捨てられたはずの私は、もう彼を想ってはいけないのに。



『厳しい?』


「いや…」




会いたい。

その気持ちに勝つことは出来なくて、たとえ私がどんな目に遭うことになったとしても、ただただ彼に会いたいと思う。




「…大丈夫だと思いますけど」


『じゃあ明日家に迎えに行っても良い?』


「良いですけど…私引っ越したんで場所知らないでしょう?」


『引っ越してたんだ』


「はい、吉原に」



この辺りからだろう、優しく見守っていた谷原さんの顔が真剣そのものになった。決して横を振り向いてないが、視線が痛いほどに刺さってくるのがわかる。



『マジで?結構近いんだ』


「そうですね…」


『そしたら…』




その後彼がどんな言葉を続けたのかはわからない。気付けば私の携帯は谷原さんの手によって奪われ、電源を切られていた。



そして私自身が今、谷原さんの腕の中にいる。


「僕と、お付き合いしてくれませんか?」




強く、だけど優しく私を抱き締めている谷原さんは、耳元で囁くように語り掛けた。


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