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合コン以来、千尋さんから結構メールが届くようになった。もし期待させてしまってるのなら、最初からアドレスなんて交換しなきゃよかったとつくづく思う。
市原のヤローは交換する前に潰れたから良いとして、やっぱり気になるのは谷原だ。今俺がこうして携帯を眺める時間に会っているのかもしれない。
焦燥感が募る。彼女を逃してしまったらもう終わりだ。
そんな気持ちばかりが前に出て、慌てて電話を掛けた。
電話はあっさり取られた。彼女の柔らかい声が聞こえる。
『もしもし?』
「っ、今どこにいるの?」
『どこって…』
そう言ったきり彼女は何も喋らなくなった。もしや、とふと思う。
「まさか今いる場所がわかんないとか言わないよね」
『えっと…』
絶対そうだ。現在地をわかっていない。
あの時と変わらない方向オンチ加減に笑いが出てくる。
「相変わらず方向オンチだね」
『ほっといてください』
あの頃と同じように彼女が拗ねた。その様子すら可愛くて可愛くて仕方なかった。
は置いといて、だ。今はいろんな意味で一刻を争う時期。そんなのんきにはしてられない。
「明日さ、仕事何時に終わるの?」
『えーっと…明日は6時までですね』
俺は仕事終わって家に帰り着くのが大体9時。迷惑じゃなければその後に会うことは可能だろう。
「明日さ、9時頃会えたりする?」
『夜ですか?』
「もちろん」
彼女はかなり考えてるのだろう、うーん、と言ったまま言葉が出ない。
「厳しい?」
『いや…大丈夫だと思いますけど』
「じゃあ明日家に迎えに行っても良い?」
『良いですけど…私引っ越したんで場所知らないでしょう?』
何気ないその言葉にいろんなことがよぎる。あの家は一度もあがらないままだったとか、引っ越しを手伝ったのは誰だろうとか、もう谷原は彼女の部屋に行ったのだろうとか。
「…引っ越してたんだ」
『はい、吉原に』
「マジで?結構近いんだ」
『そうですね』
「そしたら詳細教えてくれたら行くから」
その言葉に対する返事はなかった。電話の向こうでは沈黙が続く。
「…薫?」
それに対する返事すらなく、不審に思って携帯を見ると通話終了の画面が表示されていた。
電源が切れたか?まあ明日またメールすれば良いか。
何も知らない俺はそれで片付けてしまった。