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今仕事中だというのに集中して作業が出来ない。
ずっと気になっているのは彼の事、そして谷原さんの事…。
あの日、結局三人で飲むことになった。私はもちろん、一切泣き顔なんか見せなかった。
とりあえず乾杯を済ませたあと、岩本さんが話し始めた。
「いやー、それにしても香西ちゃん久し振りだよね」
「ホントですよね。最後にお会いしたの学生の時ですもん」
「あの香西ちゃんが社会人だもん」
「年齢感じるよね」
谷原さんがそう言って料理を口にした。岩本さんは焼酎を飲んでいる。
「でもさー、谷原ちゃんから香西ちゃんの話聞いててビックリした。フランス行ってたんだって?」
「あ、はい」
そう言ったあとでふと疑問が生じる。谷原さんはどんな話をしたんだろう。変な話をされてなければ良いけど。
「もっと早くに俺が連絡取れてれば飲み行ったりしてたのに」
「岩本っちゃんって確か…」
谷原さんが言葉を濁した。岩本さんは何だよ、と言って軽く肘で谷原さんを突いた。
焼酎のグラスを机に置いてじっと見つめられる。
「綺麗になったよね」
「そうですか?」
「谷原ちゃんが香西ちゃんの話しかしなくなったのもわかるもん」
…え?
ぱっと谷原さんの方に目をやると、相変わらず子犬のような目を向けている。
「まだ香西ちゃんが販売員の仕事してた時さ、ぶっちゃけ俺香西ちゃん気に入ってたんだよね」
岩本さんが言ってる意図が全く読めなくて、カクテルのグラスに口を付けたまま黙って聞いていた。
「何か珍しかったんだよね。可愛こぶらないし、媚びないし、天然だし、面白いし。真面目で謙虚だったじゃん」
昔彼に同じような事を言われた気がする。みんな同じように取るのかな、と思う。
「今まで女に妥協したことがなかった分、何か新鮮でさ。
それをちらっと前谷原ちゃんに話したらこうなったんだよね」
…どうなったの?話の筋が見えない。
もう一度谷原さんの方を向くと、どうしたんですか?というような顔を見せた。
「香西ちゃん、実際谷原ちゃんどうよ」
「えーっと…面白くて、優しくて、頭良くて、紳士的で…カッコイイと思います」
「とんでもないです」
谷原さんはそう言って頭を下げた。岩本さんがよしよし、と頭を撫でている。
「彼氏にするとしたらどんな感じ?」
後から思えば意味深な流れで来た話だが、この時の私は結構お酒が入って来たのもあってそこまで考えが行かなかった。
「私にはもったいないくらいです。横に並んで歩くのが恐縮ですもん」
「そんな事ないですよ?僕で良ければいつでもそばにいますよ」
その後の事ははっきり言って覚えてない。記憶が飛んだわけではないが、とりあえず帰って、とりあえず起きて、とりあえず会社へと向かった。
その時に谷原さんからのメールがあったのに気付く。
『今夜会えませんか?』
断る理由がそこにはなかった。