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さっきから何度となく彼と目が合う。その度に何故だか恥ずかしさや気まずさを感じて目を反らしてしまう。
千尋に嫉妬しないためにもこの男の人との会話に集中してみることにした。
…は良いけど名前がわからない。市原…隼人じゃなくて何だっけ。
男の人はそれを知るはずもなく、楽しそうに語りかけて来た。
「香西さん彼氏は?」
「いませんよ」
「ウソ、マジで?」
その瞬間に彼からも視線を感じた。千尋は目の前に座っている人が私の元カレなんて知るはずもなく、痛い一言を告げた。
「薫ちゃん5年前に別れた彼氏さんがまだ気になってて、あれから誰とも付き合ってないんだよね」
「ちょ、千尋!そんな情報いらないから!」
「え?…嫌な合コンの時それで逃げるんじゃなかったっけ?」
「そうだけど…」
その元カレがこの場にいる時は話が別だ。恥ずかしくて彼の顔なんか見れたもんじゃない。
すると男の人がいきなり手をギュッと握って来た。
「俺がそいつを忘れさせてやる!」
「…ありがとうございます…」
あーもう。極力この手は使いたくなかったが…仕方がない。焼酎を手渡して精一杯の笑顔を向けた。
「じゃあ二人が出会えた事に乾杯しましょう」
何も知らない男の人は嬉しそうに乾杯した。
あれから何分経っただろう。男の人は目の前で倒れている。私は冷ややかな目を送ってカクテルに口を付けた。
もともと学生飲みを何度となく経験した私にとってはこれくらいは何ともないし、むしろちょっとやそっとじゃ潰れたりしない。酒豪のイメージがつきそうなので釈明すると、誘われたときしか飲まない。まあ今日は訳が違うけど。
携帯に着信が入っていたので見てみると、谷原さんからのメールだった。今日は飲みに行くから会えないとの事。もともと会う約束をしてたわけじゃないけど…。
すると彼がびっくりしたような声をあげた。
「い、市原?」
肩を軽く揺すっている彼に一応の説明をした。
「お酒弱いらしいのに沢山飲んじゃって、潰れちゃいました。どうしましょう?」
「…俺が連れて帰るよ。コイツ潰れちゃったし、今日はお開きで良いかな?」
きっと途中抜けの二人はよろしくやってるんだろう。そんなオッサンみたいな事を考えながら頷いた。
「俺酒飲んでないから車で送れるけど…どうする?」
「じゃあ…お願いして良いですか?」
彼の提案に真っ先に乗ったのは千尋だった。
気にしない気にしないと自分に念仏を唱えていると、彼がためらいがちに尋ねて来た。
「えっと…香西さん…は?」
帰りたい。一緒に帰りたい。
でも素直になれない自分がいて。
「迎えが来るんで大丈夫です」
嘘だと知らない彼はそう、と言って二人を車に乗せに行った。
これでいい、これでいいんだ。自分にそう言い聞かせていると、彼が後ろから駆け寄って来た。
「薫」
懐かしい声。ずっと聞きたかった声。だからこそ愛しくて、せつない。
「…最近どう?元気だった?」
「まあ、おかげさまで」
「さっき言ってた事だけど…」
「さっき?」
「ほら、俺が忘れられないって…」
「ああ…」
告げてしまおうか。でもそうすると前に進むことは出来ない。
「…ホントです…でも、私は新一さんの幸せを一番に願ってます」
だから否定もしなければ、受け入れてとも言わない。これがあの時から選んだ道だったんだから…。
すると横からいきなり柔らかい声が聞こえて来た。
「香西さん?」
この声。この口調。
振り向けばそこには谷原さんと同僚の岩本さんの姿があった。