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千尋という子と話してる合間合間にちらっと彼女を見た。時折目が合うがすぐに反らされてしまう。
彼女は市原と談笑しているが、基本困った感じの笑顔だ。奴は気付いてないが俺にはわかる。
…まああんなにがっつかれるとね。
「香西さん彼氏は?」
「いませんよ」
「ウソ、マジで?」
俺も市原に合わせてそう声に出しそうだった。
すると俺の向かいに座っている女性が横から入っていった。
「薫ちゃん5年前に別れた彼氏さんがまだ気になってて、あれから誰とも付き合ってないんだよね」
その言葉に驚いて彼女を見た。彼女は慌てて女性を止めている。
「ちょ、千尋!そんな情報いらないから!」
「え?」
そう言って彼女の耳元でひそひそと話した。彼女はばつの悪そうな顔をして一瞬俺を見た。
何かもどかしいこの状況。
すると空気が読めるはずがない奴が身を乗り出して彼女の両手を握った。
「俺がそいつを忘れさせてやる!」
「…ありがとうございます…」
俺達の事なんて何一つ知らないくせに、『忘れさせてやる』とか気安く言うな。無性に腹が立って来た。
すぐに彼女は何を思ったのか、焼酎が入ったグラスを市原に渡した。
「じゃあ二人が出会えた事に乾杯しましょう」
その様子にさらにイラッとする。彼女はこんな奴に騙されるほど浅はかで尻軽だったのか。
しかしわけは違った。
あれから30分くらいは経っていただろう。二人の様子を目に入れないように千尋さんと話していたが、あまりに気になって隣の様子をちらっと見ると、市原は潰れて倒れていた。
原因であろう彼女はカクテルを片手に退屈そうに携帯をいじっている。
「い、市原?」
彼女が気付き、携帯を机に置いた。
「お酒弱いらしいのに沢山飲んじゃって、潰れちゃいました。どうしましょう?」
「…俺が連れて帰るよ」
圭介が連れて行かれてから一時間以上は経っている。もう二人は帰って来ないだろう。
「コイツ潰れちゃったし、今日はお開きで良いかな?」
二人の女性は無言で頷く。
「俺酒飲んでないから車で送れるけど…どうする?」
「じゃあ…お願いして良いですか?」
期待は外れ、そう口にしたのは千尋さんだった。
「えっと…香西さん…は?」
彼女と今日初めて目が合った。あの頃と変わらない優しい目。でもどこか悲しそうで。
「迎えが来るんで大丈夫です」
「そう…」
とりあえず二人を車に乗せて足早に彼女の元へ向かう。迎えって誰だ。彼氏はいないと言ってたはず…。
「薫」
彼女はくるっと振り返った。あの時のようにあどけない少女さはもう残っていない。
「…最近どう?元気だった?」
「まあ、おかげさまで」
「さっき言ってた事だけど…」
「さっき?」
言え、言うんだ。緊張する気持ちを紛らわすかのようにぐっと拳を握った。
「ほら、俺が忘れられないって…」
「ああ」
そう言って彼女は俺に背を向けた。しばらく沈黙が流れる。
「ホントです」
その言葉に胸が詰まりそうになる。
「でも私は新一さんの幸せを一番に願ってます」
「じゃあ…」
「香西さん?」
想いを伝えようとしたのに、こんな時に限って邪魔が入る。
声のした方を向くと、若い男二人が立っていた。