-146-
夏は嫌いだ。
私にいろんなものを与え、私からいろんなものを奪っていった。
5年経った今でも忘れない、あの夏。
夏休みシーズンの教習所は忙しくて、7月の下旬から休みがなくなった。一応指導員にはちゃんと休暇が与えられてたけど、彼は最近は技能だけじゃなく学科の授業や、検定員の資格の勉強なんかもあってかなり忙しくなった。
家に行っても会話はなく、メールの返信はなくて、電話にも一向に出ない。
こうなることは初めからわかっていた。私はまだ子供で、彼には迷惑しか掛けないから。
まわりから祝福されないことも、彼から捨てられることもわかっていた。
最初からわかっていたこと。だからもう彼を追い掛けたりはしない。
十分に良い夢を見させて貰ったから…。
あれから5年、私は社会人として働いている。
大学専攻のフランス語を生かすつもりが、皮肉にも彼が好きだったプジョーの支社に勤めることになった。
私ももう25になる。四捨五入すれば三十路だ。
昔は「年齢なんて別に…」とか言ってたけど、さすがに子供も旦那も彼氏さえもいなければかなり焦る。
言い寄ってくる人がいなくはない。昔バイトで一緒にお仕事したことがある谷原賢二さん。爽やかなイケメンで、私の5つ上の人。携帯のセールスを仕事にしている。
何ヵ月か前、フランスから帰って来た時に偶然にも谷原さんと再会した。
一年半ぶりの再会に盛り上がってそのまま飲みに行き、それからよく連絡を取るようになった。
ちょうど彼と連絡が取れなくなった時期に初めて谷原さんと仕事をご一緒した。不謹慎ながら彼の笑顔にかなり癒された部分はある。
そんな谷原さんには内緒で合コンに連れて行かれることになった。別に恋人同士じゃないから報告義務はない。でも谷原さんがそれを知ったら悲しむというか拗ねるというか、センチメンタルになるのだ。
まあ数合わせだし良いか、と軽いノリで参加することにした。いかにも「嫌です」って顔したら社会人の名が廃る。そう言い聞かせて合流した。
この先に待っているものが何とも知らずに…。
大学時代の合コン好きの友達に振り回されるハメになった私と千尋は、彼女を横目に顔を見合わせて肩をすくめた。
「ホラー、早く!圭介さんたち待ってるよっ!」
意気込む彼女を見ながらぽつりと呟いた。
「圭介って…満里奈が狙ってる人だったっけ?」
「確か…」
今回はどうやらお膳立てに撤すれば良いみたいだ。