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ぽすっとベッドの上に座る。
「あー…ひーまー…」
彼はいつ来るんだろう。そんなことを考えながら脚をぷらぷらさせる。
待ち遠しくて待ち遠しくて仕方がない彼。ちょっと廊下から足音が聞こえてきたのにぴくっと反応して、今か今かとばかりにそわそわしてしまう。
そして、
「お待たせしました」
彼はノックのあとドアをそっと開けた。どこの王子さまだとツッコみたくなる様子についつい笑ってしまう。
「お待ちしてました」
「ゴメン、何か色々考え事してたらさ、結構時間かかっちゃって」
「そんなに考え事してたんですか?」
「まぁ…ね」
彼は私に顔を見せずにそう言った。
私の荷物をいとも軽々と持ち上げて、彼はにっこり笑った。
「帰ろう」
そう、今日は家に帰る日。荷物とかの整理もしなきゃだし、誰とは言わないけど不安要素もある。
「はい…あ、私の家覚えてますか?」
「…まあ」
「申し訳ないんですけど、家まで送ってもらって良いですか?」
「えー、めんどくさ」
何でここまで来ていじられなきゃならんのだ。早速ドSぶりが発揮され始めたみたいだ。
「何言ってるんですか、荷物置きに帰らなきゃ」
「俺ん家で良いじゃん」
「部屋も散らかってそうだし…」
「退院早々お姉ちゃんにこき使われるんだ」
まあそんなことはしないだろうけど、状況的にはたから見ればそうなる。その様子がもう頭に浮かんで来て苦笑いを浮かべた。
「仲良いですって」
「でも『もー、ホラこれ、早くやってよ』みたいに言われるんでしょ?」
「そんな事ないですよ!」
そんな他愛のない話をしながら駐車場へと向かった。何でもない当たり前のこと、でもそれが私にとってはすごく幸せな事だった。
「よーし、じゃあ発車しまーす」
彼は教習の時と同じような声の調子で喋った。
「はい」
彼が車を発車させると同時に、窓を開けて外の景色を眺めた。いつの間にか季節は夏になっていて、少し汗ばむ陽気だ。
すると彼は何を思ったのか、前を向いたまま話し掛けて来た。
「…目つぶってごらん」
今から何をするのか見当も着かないけど、とりあえず言われるがままにやってみることにした。
「そんでもって窓から手出して」
何を企んでいるんだろう。そう思いつつ窓からそっと手を出した。
「軽く手を握ってごらん」
「…んー…?」
何かの映画のワンシーンであったような気がする…名前は全然覚えてないけど。
すると彼が嬉しそうな感じで口を開いた。
「それ女の人の胸の感触なんだって」
なんて事させるんだ。そう思いながらダッシュで手を引っ込めた。彼はいつものように爆笑している。
「ば…っか、変態!」
「でもなんか楽しそうだったじゃん」
「何も知らなかったからです!こんなさせて何がしたいんですか!」
「えー…今ここで言わなきゃダメ?」
「知りません。好きにしてください」
助手席側の窓の方にくるっと首を向けた。隣からは笑い声が聞こえる。
「じゃあ俺の好きにします。文句はナシよ?」
はいはい、と言わんばかりに適当に頷いた。これが後に影響するなんて夢にも思わなかった。