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「お待たせしました」
ドアを開けると優しい笑みを浮かべていた彼女に話し掛けた。この時間をどれだけ待ちわびたことか…。
彼女の手を取って立ち上がらせる。まるでお姫さまをエスコートするかのような動作に、彼女はくすっと笑った。
「お待ちしてました」
「ゴメン、何か色々考え事してたらさ、結構時間かかっちゃって」
「そんなに考え事してたんですか?」
「まぁ…ね」
それが何なのか、言ってしまえば楽になるのに言えるはずもなくて。
俺はひたすら彼女に笑顔を向けた。
「帰ろう」
「はい…あ、私の家覚えてますか?」
「…まあ」
忘れるはずがない。付き合う前に初めてデートした時に寄った場所だ。部屋にはまだ上がった事はないが、写メならちらっと見たことがある。
「申し訳ないんですけど、家まで送ってもらって良いですか?」
「えー、めんどくさ」
「何言ってるんですか、荷物置きに帰らなきゃ」
「俺ん家で良いじゃん」
「部屋も散らかってそうだし…」
「退院早々お姉ちゃんにこき使われるんだ」
彼女は苦笑いを浮かべていた。
「仲良いですって」
「でも『もー、ホラこれ、早くやってよ』みたいに言われるんでしょ?」
「そんな事ないですよ!」
俺たちが通って帰る通路は明るい笑いでいっぱいになった。他からすれば迷惑な話だったのかもしれないが。
車に荷物を積んで出発する。旅行以来のドライブになるため、ガキかとツッコまれそうだがめちゃくちゃわくわくしている。
「よーし、じゃあ発車しまーす」
「はい」
久しぶりに緊張する運転かもしれない。少しでもカッコ良く、スマートに見せなければと思う。
ハンドブレーキをおろして出発をする。すると彼女は窓を開けて外を眺め始めた。
「…目つぶってごらん」
俺の言葉に彼女は何も言わず、笑みを浮かべたまま目をつぶった。
「そんでもって窓から手出して」
横目でその姿を確認する。何をしても可愛く、美しく、優雅に見えてしまう。
「軽く手を握ってごらん」
「…んー…?」
「それ女の人の胸の感触なんだって」
彼女が凄い勢いで俺の方を振り返った。口をぱくぱくさせている彼女がおかしくて、ついつい笑ってしまう。
「ば…っか、変態!」
「でもなんか楽しそうだったじゃん」
「何も知らなかったからです!こんなさせて何がしたいんですか!」
「えー…今ここで言わなきゃダメ?」
「知りません。好きにしてください」
ぷいっと顔を背ける彼女だが、俺としてはいかにもいじって下さい的な感じがする。
またあの楽しい生活が戻って来たのだ。
「じゃあ俺の好きにします。文句はナシよ?」
何もわかってない彼女はうんうん、と頷く。それを確認した上でハンドルを切った。