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「さて、と」
今日はいつもの休校日だから一日中病院にいるつもりだ。彼女がリハビリを無理してそうな感じもあるし、今日くらいは一緒にゆっくりしておこう。
差し入れに池田ちゃんお薦めのプリンを買って車に乗り込む。つい一応女の子なんだ、なんて思ってしまう。
『香西さん…何かいたような、いなかったような…』
『失礼な奴め』
『じゃあ内村さんは担当生徒全員覚えてるんですか?』
『顔はね』
『同レベルじゃないですか!』
『でもアイツを5、6回は担当してたよ、池田ちゃん』
なのに覚えてないなんて、と池田ちゃんを珍しくいじり倒した。
その結果、今日彼女の為に勝手あげることになったプリンを渡されたのだ。『これで許してください』と。
喜んでくれるかな、と胸をはずませて病室へと向かい、ゆっくりとドアを開けた。
誰もいない部屋。窓は全開になっていて、よく見れば机には紙とペンが置いてあって。
慌てて駆け寄って紙を乱暴に手に取った。そこに書かれていた文字は『お』だけだった。
「…何これ…」
「何してるんですか」
ドキッとして振り返ると彼女が立っていた。いつのまにいたんだろう…というかどこにいたんだろう。
「焦ったー…どこにいたの?何してたの?」
「ロッカーで荷物整理してました。ホラ、ドア開けたらロッカーって死角じゃないですか」
「そうだ…ね…」
そしてやっと気付いた。彼女が松葉杖を使いながら一人で歩けるようになっていることを。
「いつのまに車椅子脱出したの?」
「一昨日です。もう少ししたら松葉杖も脱出です」
彼女が元気になって来ているのが嬉しくて嬉しくて、彼女の傍に行って力一杯抱き締めた。
「頑張ったね」
「早く帰りたかったから」
俺は何も言わずに彼女の頭を撫でた。相変わらずふんわりした香りに心地よさを感じる。
「お土産持って来たから、一緒に食べよう」
「はい」
二人でベッドに腰掛けて、プリンを食べながら談笑した。嬉しそうに笑う彼女を見て、まだ残る少女らしさを感じる。
彼女と結婚するつもりだと言った。彼女以外に誰もいないはずなのに。
いざ結婚のことにぶつかってみるとそう簡単に決める訳にはいかなかった。人生を決めることだし、彼女の分も背負っていかなければいけない。彼女にしてもまた同じだ。
こんな若い子に、10歳も上のおっさんの全てを背負わせて良いのだろうか。
「どうしたんですか?」
彼女が不思議そうに覗き込んで来た。
「え、何で?」
「何か険しいっていうか…辛そうな顔してたから…」
「あぁ…腹痛いだけ」
「まさかコレが原因じゃないですよね」
「わかんない。車の中に長時間放置してたから」
「そんなもの食べさせないでください!」
本気で反論してくる彼女がおかしくておかしくて、ついつい笑ってしまう。
「大丈夫だって、そんなに時間経ってないから」
そう言って彼女の頭を撫でると、まだ文句が言い足りないのかむぅ、とだけ言った。可愛い奴だ。