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初夏らしい風が病室に吹く。爽やかな空、ちょっと汗ばむ陽気。
そんな日に私がすることはただ一つ、リハビリ。
軽傷ではないけど、意識がずっとなかった割にそう酷いものでもないらしい。一番頑張らなきゃいけないのは足…歩行練習だ。
ただひたすら歩くことが結構辛いことを知らない、というか、身体の自由がきかないってこんなにも不便だったんだ、という事を思い知らされた感じがする。
先生から『この程度で済んだなんて奇跡的なことだ』と言われたのを噛み締めながら一歩一歩歩く。
それは、彼のそばを離れたくないと強く願ったから…。
リハビリ中は絶対に彼に助けを求めたりしないと決めてたので、辛いとか、苦しいとか、絶対思わないようにしている。
早く『もう普通に歩けるようになったよ』と言えるために。
「香西さん、そろそろリハビリ終わりましょうね」
いつもの看護婦さんが私の方に来てそう言った。
「あと少しだけ」
「彼氏さん心配しますよ、そんな無理しちゃ」
「そんな事ないですよ」
私は軽く笑ったが、看護婦さんは私を無理矢理引っ張って車椅子に座らせ、部屋の方へと押して行った。
「ちょ、まだ…」
「健気なのはわかるんだけど…一回新ちゃんに怒ってもらおうかな」
一瞬、思考回路が停止した。新ちゃん?誰それ。
私の疑問に対する答えは、看護婦さんのため息と一緒に出て来た。
「香西さんの彼氏…新ちゃんはね、私の大学の同期なのよ。この前ここで会った時は本当にびっくりしたんだけど」
「それってつまり…」
子作りだの何だの、私や彼に変な事を吹き込んでいたのは、それが原因だったらしい。
「こ、この前話してた事って…」
「全部新ちゃんに言っちゃった」
その場に倒れてしまうかと思った。でも私はまずいことを喋ってないから大丈夫だ。
「とにかく、新ちゃん物凄く心配してたんだから、無理は絶対ダメ」
「でも早く治して…」
私の言葉を遮るかのように看護婦さんが私の頭を撫でた。
「無理して余計悪くしたらさらに心配するでしょう」
「…はい…」
「いい子ね」
そう言って再び車椅子を押し始めた。そして、病室に入ろうとする時にわざとらしい口調で話しかけて来た。
「新ちゃんから愛して貰えるなんて、かなり贅沢な話よ。サークルでもかなりモテてたんだから。
新ちゃんかなり結婚意識してるみたいだし、大事にしてあげて」
「は、ぁ…」
ケッコン?何それ。美味しいの?
そんな事しか頭にない。看護婦さんの言葉は現実離れしてて、他人事のように聞こえて来る。
「…結婚って…誰とですか?」
看護婦さんは私の身体を横たえさせると、くすっと笑ってみせた。
「香西さん以外に、誰がいるんですか?」
看護婦さんが病室からでたあと、私は変な汗をやたらとかいていることに気付いた。