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逃げ場がない。じり、とベッドの上を後退りしても、それは明らかに無力だった。
彼が力強い眼差しを私の方へ向け、ふっと笑って話しかけて来た。
「子供欲しいんだって?」
「だっ、誰がいつそんな事を…!」
「看護婦さんが言ってたよ、『奥様がお子さん欲しがってましたよ』って」
「そんな事…!」
言ってない…!確かに看護婦さんに『お子さんまだですか?』なんて聞かれてはいたけど、あれは夫婦と勘違いされてたんであって、別に現実とは無縁の話だ。
そこでふと彼に言いたかったことを思い出す。
「っ、ていうか、看護婦さんに私のこと『妻』って言ってたんでしょ?」
彼は少し目を見開いたあと、再びふっと笑ってさらに顔を近付けて来た。
「…悪い?」
「何開き直ってるんですか」
「ダメ?」
「もう…色んな人に変な事言わないでくださいよ」
恥ずかしさのあまり、彼から顔を背けた。それでも身体に穴が開くんじゃないかと思わんばかりに真っすぐ見つめられ、ゆっくりと彼の方を向いた。
そして、目の合ったその瞬間。
彼に唇を奪われた。何かを堪能するような、長い長いキス。
私は縋るように彼のシャツの袖を掴むしか出来なくて。
彼が私から離れると、いつもの優しい笑顔を作った。
「俺は欲しいけどね、子供」
「はぁ…」
この雰囲気のあと、突然願望を言われたって正直困る。自分の置かれている状況を忘れ、何故か純粋に『へー、子供欲しいんだ』と思う自分がいる。
「薫は?子供欲しい?」
「そりゃあ…結婚すれば子供いるでしょう」
「何人が良いかな」
呆気にとられた。それは自分がお嫁さんになる人と話せば良いじゃん、と思う。今一緒にいるのに、別の女の人のことを考えられるのも悲しい話ではあるけど。
彼は一瞬困ったように笑い、私の頬を撫でた。
「俺は三人がいいけど…薫は?」
そして悟った。今までのくだりは全て彼と私の事だったんだ。
つまり…この先は自意識過剰が産んだ妄想かもしれないので、あえて何も考えない。
「…お任せします」
私の顔はどれほどまで赤くなってるのか想像もつかなくて、そんな顔を見せたくない一心で再び俯いた。