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彼女は気持ち後ろへと下がったが、まだリハビリをしてないのもあって俺から離れるのは不可能に等しかった。
「子供欲しいんだって?」
「だっ、誰がいつそんな事を…!」
「看護婦さんが言ってたよ、『奥様がお子さん欲しがってましたよ』って」
「そんな事…!」
言ってない。むしろ美幸は子作りを彼女に勧めたのだ。
もちろん彼女がYesと言ったところで、全快して退院しなければ話は進まないのだが。
「っ、ていうか、看護婦さんに私のこと『妻』って言ってたんでしょ?」
「え?」
アイツ…彼女に何を吹き込んだんだろう。
確かにこの歳にもなれば、結婚も視野に入れたお付き合いをしなくてはならない。だがそれを彼女に打ち明けたところで、まだ19歳の女性には重すぎる話だ。
だが美幸がそんな事がばれそうな発言をしていたのなら、腹をくくるしかないのだろう。
「…悪い?」
「何開き直ってるんですか」
「ダメ?」
「もう…色んな人に変な事言わないでくださいよ」
何とか難は逃れたようだ。だが何故か心にもやもやが残る。
おそらく俺は、彼女を逃すともう結婚出来ない気がする。年齢的に…子供とか、マイホームとか、とにかく色々考えると、もう結婚しなくてはいけないのだろうと思う。
彼女が大学を卒業するまで待つか、学生結婚をしてもらうか。今の俺の頭にはこの二択しかない。
大学卒業を待てば俺はもう32になるからなんか遅い気がするし、この期時世で女子大生に学生結婚させるのも気が引ける。
あれこれ考えるのも面倒になったので、そのまま彼女に口付けた。唇から伝わってくるぬくもりを一生俺だけのものにしたくて。
惜しむように彼女の唇から離れた。
そして、ゆっくりと語り掛けた。
「俺は欲しいけどね、子供」
「はぁ…」
今の返事で直感した。意味がわかってない。そういう方が教え甲斐がある、なんて言う人もたまにいるが、なんてったってめんどくさい。
「薫は?子供欲しい?」
「そりゃあ…結婚すれば子供いるでしょう」
「何人が良いかな」
俺がしゃべってるのを彼女がぽかんとして見ている。このくだりだと、どう考えても『子供』という単語には『俺と彼女の』という言葉がくっついてくるのに、彼女は最初だけあんなリアクションをしておいて、今のこの話を他人事のように聞いているようだ。
「俺は三人がいいけど…薫は?」
ようやく全てを理解したらしい彼女は、顔を真っ赤にして俯いた。
「…お任せします」
プロポーズの言葉は、今はまだとっておこう。