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ドアを開けた直後のゆかりさんは、目をぱちぱちさせたまま何も言わない。それも無理はない…可愛がってた後輩が彼氏らしき男とキスする寸前だったんだから。
人によっては『このおっさん誰?』なんて反応しかねない。
「ゆかりさん!あの、えっと、」
こんな現場を見られた恥ずかしさと、どう彼のことを説明して良いのかと、頭が訳わからないことになっている。
すると彼は私の方を振り返り、少し小さめの声で話かけて来た。
「知り合いなの?」
「部活の…先輩です」
「へぇ」
「え、薫ちゃん?どういうこと?何でここに…」
来た。
どうしよう。そう思った瞬間、彼が急に立ち上がった。少しだけゆかりさんの方に近づく。
「ごめんね、騙してて。俺の彼女ってコイツのことなんだ」
…
は?
全くもって状況が掴めない。騙すって何の事?コイツって私?
頭がぐるぐるする。
「だってこの前別の自動車学校の教員だって…」
「だから、嘘ついてごめん。あれは嘘だったんだよ。
言える自身がなかったんだよ…自分の彼女が担当の生徒だったなんて」
意味がわからない。このメロドラマ的状況に一人置いてけぼりの私は、きっと変な顔をしているに違いない。
「でももう誤魔化す必要なんてないし…だから正直に話すよ。
俺はコイツと付き合ってる。だから江原さんの気持ちに応えることは出来ないんだよ」
私は今変な夢を見ているのだろうか。気持ちに応えるって何?何なんだこの昼ドラみたいな展開は。
そもそもゆかりさんと彼の接点がわからない。どういう関係なんだろうか?
そんな事を考えているうちにゆかりさんは帰ってしまったらしい。お礼どころかまともな挨拶さえも出来なかったので、本当に申し訳なく思う。
彼が小さく溜め息をついてベッドにドカっと座った。二人の重さにベッドが苦しそうな音を立てる。
「怒ってる?」
彼が私の顔を覗き込むようにして尋ねて来た。怒るも何も…状況が掴めないんじゃどうしようもない。
「何か…状況に付いていけないっていうか…つまりどういう事だったんですか?」
彼は何を思ったのか、ふっと笑って頭を優しく撫でた。
「また今度ね」
「私にも知る権利あるでしょう」
「だって話長くなるからめんどくさいもん」
いじわる。そんな事を思って少しむくれたが、予想外に彼が私の左の頬に口付けをして来た。
。
顔がみるみる赤くなるのが自分でもわかる。
「ちょ、ここ病院だから!」
「この前キスしたじゃん」
「う、あ…れは良しとして、」
「何で今はダメなの?」
彼が私の両脇に肘をつく態勢で近づいて来た。自由のきかない身体は、逃げようにも逃げることが出来ない。