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「内村…さ…ん?」
彼女の部屋に入ってきた江原さんが最初に口にしたのは俺の名前だった。ここに来たことから彼女の知り合いであることがわかる。
知り合いのお見舞いに来たら自分の指導員がいるなんて、誰だって驚くだろう…しかもこんな状況で。
「ゆかりさん!あの、えっと、」
「知り合いなの?」
俺の問いに少し顔を赤くしながら彼女が答える。
「部活の…先輩です」
「へぇ」
「え、薫ちゃん?どういうこと?何でここに…」
『内村さんがいるの?』
そう続くであろう江原さんの言葉をさえぎるようにして、座っていた彼女のベッドから立ち上がった。
「ごめんね、騙してて。俺の彼女ってコイツのことなんだ」
彼女に背を向けているためどんな顔をしているのかはわからないが、江原さんはあからさまに『意味がわからない』という風な顔をした。
「だってこの前別の自動車学校の教員だって…」
「だから、嘘ついてごめん。あれは嘘だったんだよ」
江原さんは入り口に立ったまま動かない。表情も少しずつ固くなってきた。
「言える自身がなかったんだよ…自分の彼女が担当の生徒だったなんて」
実はつい最近、先輩指導員たちに奥さんとの馴れ初めを聞いた。すると、びっくりすることに半数以上が生徒だった。指導員によっては20も離れた夫婦だっていた。
『内村は彼女が生徒だったりして悩んでるとか?』
『…何でそれが?』
『わかるよ。携帯見ては一喜一憂したりしてさ。
この前のティッシュ配りの時の、あの子なんだろ?』
『ま…あ』
『何か昔の俺を見てる気分だよ。
胸を張れ、内村。別に彼女のことを隠す必要なんてないだろう?いつまでも後ろめたさなんて感じてたら彼女に失礼だ。
一人の女性として好きになったんならそれで良いじゃないか』
そうだ。俺にはもう隠す必要なんてないのだ。
自信を持って彼女を紹介しても良いのだ。
香西薫は、俺が好きになった一人の女性なんだから…。
「でももう誤魔化す必要なんてないし…だから正直に話すよ。
俺はコイツと付き合ってる。だから江原さんの気持ちに応えることは出来ないんだよ」
江原さんは何も言わずに病室を去った。病室には微妙な空気が流れる。
さっきと同じようにベッドへと腰掛ける。二人分の重みでギシ、と鳴った音は静かな部屋に響いた。
「怒ってる?」
彼女は何も言わずに首を振った。真っ直ぐ見つめられた時、何を言われるのか、とてつもない不安に襲われた。
「何か…状況に付いていけないっていうか…つまりどういう事だったんですか?」
かなり拍子抜けしてしまった。彼女は江原さんから俺の話を聞いてなかったらしい。
もっとも、聞いていたらこんな面倒なことにならなかったんだろうが。
首を少し傾けている彼女の頭を撫でた。
「また今度ね」
「私にも知る権利あるでしょう」
「だって話長くなるからめんどくさいもん」
「むぅ…」
小動物のご機嫌取りをしようと頬にキスをした。いつものようにむあー、と不思議な声を発する。
「ちょ、ここ病院だから!」
「この前キスしたじゃん」
「う、あ…れは良しとして、」
「何で今はダメなの?」
彼女に迫るようにして両手をつく。
まだ昼前くらいの時間だったと思う。




