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あれから携帯が鳴っても手にしなくなってしまった。誰に何を言われるのか正直不安だ。
でもこの前彼が病室に来て泊まったりしていた辺り、実際メールのことを彼本人が忘れているのかもしれない。
ああだこうだ考えて気持ちに整理がつかないまま、ドアからノック音がした。面会時間あたまから来る人なんて誰だろうと思いつつドアに目をやると、暑さのせいか上着を手に持っている彼が立っていた。
いざ彼を目の前にすると謝罪の言葉しか出て来ない。でも何から謝れば良いかわからなくて。
彼はいつものようにやさしい口調で尋ねてきた。
「何、どうしたの?」
どうしよう。それだけが頭をよぎった。
「…ごめんなさい」
搾り出すように声を出すと、彼は少し困った感じで笑った。
「何のこと?」
「携帯、見つかったんです。知らなければ…携帯なんて見つからなければ良かったって思いました。
でも逃げちゃダメだって思って…」
彼はガタン、と椅子から立ち上がった。私に差し伸べようとした手は決して私に触れることなく、宙をさまよっていた。
「ゴメン!本当にゴメン!」
「すごく嫌な思いを一ヵ月近くもさせてしまったんですよね」
「違…っ!」
彼はそのまま手を私の肩に置いた。強くて、でも優しい手。
そのぬくもりを感じながら顔を見上げると、彼もまた苦しそうな顔をしていた。
「不安だったんだよ…俺もうすぐ30で、でも薫はまだ20くらいじゃん…若くてカッコいい奴はたくさんいるし、そんな奴が出て来たら俺に勝ち目なんてないからさ」
何でそんなこと…。旅行でも言ったはずなのに、『あなたしかいない』と。
「大丈夫って言ったじゃないですか。私は新一さん以外の男の人をそんな風に見ることなんて出来ません」
少し目を大きく見開いた彼は、そのあとふっと笑った。強い口調で言ったのがそんなにおかしかったんだろうか。
「何も面白いことなんて言ってません」
少し拗ねた私の頭をぽんぽんと叩いて彼が笑った。
「わかってるわかってる。そうじゃなくて…不器用だなぁって。俺も薫も」
「良いのかどうかわからないけど…私には気持ちをぶつけることしか出来ないんですよ」
「俺もだよ」
不器用な私たちはこれから先も嫉妬し、すれ違い、ぶつかり合って気持ちを確かめるんだろう。
ずっと私の頭を撫でていた手が、私の頬へ落ちてきた。彼の手にそっと手を添える。
彼の顔が近づいてくるにつれて目を閉じた。
こんな時に限って来客者がやってくるらしい。ノックと同時にドアが開いた。
「薫っち、遊びに来たよ!」
そしてこんな時に限って、あまり来ない人がやって来たりするのだ。