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今日も仕事帰りに病院へと向かう。面会時間を過ぎているのであくまでもこっそりだが。
病院へ着くと、背後から声をかけられた。
「新ちゃん」
振り向かなくともわかる、看護婦の高木美幸だ。
「何、今日も見逃してくれるの?」
「だーめ。面会時間終わってるじゃん」
「この前は見逃してくれたのに」
「一回目だからよ」
美幸は大学で同期だった。看護士を目指しているとは聞いた事があったが、まさか本当になったとは…しかも三國大付属で彼女の担当になったなんて。
面白半分で美幸があたかも俺と面識がないように振る舞い、彼女が寝たあとにもう一度病室へと来た。その時彼女のことについて一通り説明していたのだ。
「彼女さん可愛いね。新ちゃんにはもったいない」
「何がよ」
苦笑する俺を横目に、美幸が指折り数えながら話し始めた。
「まず天然でしょー、それから素直で、うーん…とにかくね、可愛い」
「天然なんじゃなくて何も考えてないだけ」
「相変わらずドSねー」
美幸が笑った。見た目こそ違うものの、美幸は彼女にそっくりだ…性格も、雰囲気も、ドM加減も何もかも。
だが失礼ながら今まで一度も美幸を恋愛対象に見た事はなく、たとえコイツが素っ裸で寝てたとしても、『風邪引くぜ』と布団をかぶせてやるだけに違いない。
「自慢のドMちゃんだからね」
そう言って車に寄りかかった。美幸は笑いながら歩み寄って来た。
「でも可愛かったー。新ちゃんのこと『旦那さん』って言ったら顔真っ赤にして否定してたし」
その様子が目に浮かぶ。可愛い奴め、と思うとふっと笑みがこぼれる。
「あ、そうそう。『子作り』勧めてみたよ」
「…は?」
吸おうとして手にしたタバコを思わず落とした。
「そしたら噴火するんじゃないかってくらいまで顔真っ赤にして黙っちゃった」
「当たり前だろ!そういう免疫ない子なんだから」
「あれ、手出してないの?」
「だ、したけど…」
何なんだ、この誘導尋問は。美幸は彼女が女子大生なのも知っている。何か処罰でも受けなきゃ行けないんだろうか…。
「もー、新ちゃんやらしー」
「うるさい」
タバコに火を点けながら答えた。美幸の様子を見る限りだと、まわりに変な話はしなさそうだ。
「まあでももうすぐ30だもんね。結婚も子供も考えなきゃ」
「人のことより自分の面倒見な?婚期逃しちゃうよ」
自惚れだが、俺がいなければ彼女は美幸と同じ人生を歩んでいただろう。人の面倒ばかりで自分はそっちのけ…だからこそ、誰よりも幸せになって欲しいと思う。
「そうだねー…新ちゃんが紹介してくれたら考える」
美幸がやわらかい笑顔を浮かべた。それを眺めながら携帯灰皿にタバコを捨てる。
「任せとけ」
美幸に免じて今日は帰ろう…どうせ明日は一日休みだし。