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病室に暖かな陽射しと爽やかな風が満ちている。退屈な事に変わりはないけど、私がここにいる事が彼に伝わったのならこれ以上不安に思う必要なんてないのだ。
今から何をしていようか悩んでいると、看護婦さんがやって来た。実はこの看護婦さんに彼がここに泊まったことがばれてしまった。看護婦さんは今回だけ、と見逃してくれたのだ。
「香西さん顔がすっきりしましたね」
「そりゃあ病院食あんまり食べてないですから、体重結構落ちたでしょう」
私の言葉に看護婦さんが爆笑した。腰に手を当てて呆れたようにため息をつく。
「そっちじゃなくて。疲れが取れた感じっていうか、重荷が降りたっていうか…生き生きしてますね」
そっちか。猛烈に恥ずかしくなる。こんな話彼にしたところで『ホラ、ぼけっとしてるから』なんて言われるのは目に見えている。言わないのが賢明だ。
お茶を口に含みながら答えた。
「…そうですか?」
「旦那さんのおかげでしょうね」
吹き出しそうになったお茶をぐっ、と堪えると鼻に行ってしまい、ひどく咳き込んだ。
「け、結婚して、ません」
「でも香西さんがお休みになってる時『妻が、妻が』って手を握っておっしゃってましたよ」
あのやろう…。
顔がどんどん熱くなってくるのがわかる。誰が妻だ。
つまり、その、彼は結婚を意識してるんだろうか。それともふざけてるんだろうか。
答えは明白、後者だ。
咳き込みながら看護婦さんに訂正する。
「まだ、結婚して、ないんで、勘違いし…ないで、ください」
看護婦さんは私の背中をさすりながら、トドメの一撃を加えた。
「『まだ』ってことは近いうち結婚するんですか?」
とりあえず病室が個室で良かったとつくづく思う。盛大に咳き込んでいる私の世話をしつつも、看護婦さんが容赦なく質問してくる。
「旦那さんかっこいいですよねー。どちらでお知り合いになったんですか?今何年目ですか?」
「もうすぐ、二ヵ月です…」
けほ、と咳き込んだ。少しは楽になってきた気がする。
もうすぐ二ヵ月…その内のほぼ一ヵ月を意識不明で過ごしてしまった。その間、どんなことが起こってたんだろう。彼はどんな思いで過ごしてたんだろう。
そんな事情を知らない看護婦さんは目を丸くしていた。
「まだ二ヵ月だったんですか…じゃあそろそろ子供を…」
「新婚じゃありません!」
わざとらしく笑って冗談ですよ、と言った。私は気温のせいもあって結構汗をかいている。
「もう…」
この話が彼の耳に届くなんて思ってもみなかった。