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面会時間ぎりぎりに病院へ駆け込んだ。早足で病室へと向かう。
『香西薫』という名前を見つけるや否や、病室のドアを乱暴に開けた。
そこには着替え中の彼女がいて、目を大きく見開いたまま固まっている。
何も言わずつかつかとベッドへ向かい、彼女を力一杯抱き締めた。
硬直していた彼女の体から緊張が取れ、そっと俺の腕を掴んだ。あまりにも弱々しい彼女の手に涙がこみあげてくる。
彼女は俺の腕の中で声を殺して泣いていた。俺は涙を堪えて彼女を力強く抱き締めるしかなかった。
「あーあ、帰れなくなっちゃったよ」
病室の椅子に座りながらわざとらしく喋る。あれからそうこうしているうちに30分以上経過し、面会時間がとっくに過ぎてしまったため、病室から出るに出られない。
「そうですね…明日仕事でしょう?」
「このまま行くよ」
「汗臭いですよ」
その言葉に彼女の額をつついた。彼女がにょっ、と不思議な声を発したあと、額をさすりながらこっちを見てきた。
「汗かいてないし」
「走って来たのに?」
「競歩です競歩」
彼女が笑っている。約一ヵ月ぶりに見るその笑顔にほっとする。
離れていったと思った彼女。もういなくなってしまったと思った彼女。でも確かにここにいて、繋いだ手から痛いほどのぬくもりが伝わってくる。
「意識戻ったんならもうちょっと早く連絡してよね」
「だって携帯が見当たらなくて」
「マジか…あ、そうだ」
そう言って彼女の右手を握った。小さな薬指に以前買った指輪をはめる。
遅い遅いホワイトデーのプレゼントだ。
だがサイズも適当に買ったせいでぶかぶかで、今にも外れて落ちてしまいそうだった。
彼女が笑いながら目元を押さえた。彼女の目は涙で潤んでいるようだ。
「大事にします、ずっと」
俺は何も言わずに頷いて、彼女の唇に自分のそれを重ねた。