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前と違ってやる気の出ないティッシュ配り。行き交う学生達をぼんやりと眺める。
ここ一ヵ月近く彼女と連絡が取れない。電話をしても、メールをしても、いっこうに反応がないのだ。
それとは裏腹に、指名生徒の江原さんとの距離が縮まった。一度告白まがいを受けたが、一応まだ彼女がいるのでやんわりと断った。
それにしても何で連絡を取ってくれないんだろう。
不安、悲しみ、怒り、いろんな感情が入り交じっている。
大学の中へふと目をやるが、彼女の姿は見受けられない。
次第にイライラしてきた俺に、恐る恐る女性が話し掛けて来た。
「あの…」
よく見ると交響楽のお友達だった。一度しか担当になったことがないため名前は出てこないが、とりあえず彼女の友達だ。
「おぉ、久しぶりだね」
「またティッシュ配りしてたんですね」
「…まあね」
お友達は声を上げて笑った。はー、と言って一呼吸置く。
「薫がいたら良いんですけどね」
俺はその言葉にぎゅっとティッシュを握り締めて尋ねた。
「香西さんって今何してんの?」
お友達が少しためらいがちに口を開いた。
「入院してます」
その言葉に、頭をハンマーで殴られた感覚に陥った。
「…っ、何で!?」
「三週間前…交通事故に遭って…二、三日前にやっと意識が戻ったんです」
「今どこにいるの?」
「三國大附属病院です。お見舞い、行ってあげたら薫喜びますよ」
そう言ってお友達は次の授業へと向かった。
何も知らなかった事実。俺は彼女が生死をさまよっている事も知らず、連絡をよこさない彼女に苛立ちを覚えていた。
江原さんにさりげなく告白された時も、彼女さえいなければ気持ちに答えてあげられたのにと思った。
知らなかったとはいえ、そばに寄り添って手を握ってあげることもなく…。
会わせる顔がない、と思った。それでも会いたい。きっと寂しそうに病室で過ごしている彼女に、今すぐ。
仕事が終わって教習所に戻るなり、帰る支度を済ませて病院へと向かった。