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まどろみの中目が覚めた。天井をふと見上げ、ぼんやりと騒ぎ立てる周りを見た。
両親が泣いている。友達が手を握っている。奏が安堵の表情を浮かべている。
生きてたんだ、と思う。
数日前に交通事故に遭った。原因は飲酒運転と信号無視。私が通りかかった時、小さな子供がひかれそうになっていた。
助けなきゃ。乱暴ながら子供を突き飛ばし、それからの記憶がない。
「薫…!心配したのよ!」
お母さんが涙でぐしゃぐしゃになった顔で笑顔を作った。お父さんはそんなお母さんの肩を抱いている。
「良かったよ…もう起きてくれないのかと思った」
手を握ってくれていた美樹ちゃんがさらに力を込めて手を握った。私の腕に美樹ちゃんの涙がつたってくる。
奏は何も言わずに笑顔だけを向けてきた。
そこに、彼の姿はない。
あとで聞かされて知ったことだけど、今日は事故からちょうど三週間らしく、私は二週間近く意識不明の状態だったらしい。
彼が来てくれると言ったコンサートも、結局出ることもなく五月に入ってしまった。
ひどく落ち込む私の病室にノックの音が響いた。
「薫っち!具合どう?」
ひょっこり顔を出してくれたのは、OGのゆかりさんだった。四年生だけど、実は留年。一応前期卒業の見込みはあるらしい。
「ゆかりさん…!」
「意識戻って良かったよ。ハイ、これ。食べれるかわかんないけど…もし食べれそうなら食べて」
「ありがとうございます」
ゆかりさんの作るお菓子は市販のかと思うくらい美味しい。ゆかりさんは私のためにこんなにたくさん作ってくれたらしく、すごく嬉しい。
さっそくその内の一つを口にしたとき、ゆかりさんが嬉しそうに話し掛けてきた。
「最近良い人見つけたんだ!すっごいかっこよくてさ!
彼女いるらしいんだけど、最近微妙みたい。だから頑張ってみようと思って」
こんなに良い人が好きになる人だ、相手の人も素敵な人に違いない。
「応援してます!うまくいったら教えて下さいね」
歯車は、止まる事なく動いていた。