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だんだんイライラしてきた。これで今日6回目だ…。
昨日はバイトだったから仕方ないとはいえ、今日何故か彼女が電話に出ないし、メールの返信すらない。
10時を過ぎているし、部活が終わってないということももう寝ているということも考えにくい。
ため息を吐きつつももう一度電話をかけた。長いコール音の後、いつもと違う声色の彼女が電話に出た。思わず言葉を呑んでしまう。
『…もしもし』
「…どうしたの?」
彼女の声は泣き声に近かった。何故今傍にいてあげることが出来ないのか、歯痒くて仕方がない。
『何でも、ないです…電話遅くなって、すみません』
「良いよ別に。泣きたい時はいっぱい鳴きな?話もいつでも聞くし」
何があったのかは彼女の口から語られるまで聞かないでおこう。この判断が後に影響するなんて、この時は夢にも思わなかった。
1ヶ月ぶりに指名生徒が出来た。彼女が卒業してまだそのくらいしか経っていないのに少々驚いてしまう。
そんなことはさておき、これで俺の指名生徒は今三人になった。
教習原簿には『江原ゆかり』と書いてあった。三國大の4年生らしい。写真を見ると清楚なお嬢様タイプの美人な女性だ。
原簿を握り締めて配車へと向かう。女性は車の外で俺を待っていた。
「こんにちは、運転席どうぞ」
「はい」
女性は顔を少し赤らめて車に乗り込んだ。
そもそも、そもそもだ。俺とは今まで接点もなかったのに…何で俺を指名したんだろう。
彼女は初めて当たった時に『自分に合う』と判断したから俺を指名したんであって、この子と俺とは一段階から接触がない。
ヴィジュアルで選ばれたか?と思いながら発車の指示を出した。
「江原さんは三國大の4年なんだ」
はい、と女性が答えた。彼女の初めての教習と重なって、何故だか二人だけの領域に入られた気がして気分が悪い。
「この辺に住んでんの?」
「そうです。一人暮らししてて」
「へー…じゃあ自炊とかするんだ」
「良いお嫁さんになれるように頑張ってます」
失礼ながらばっさり斬ろう、興味ない。こんなことを言ったら彼女が怒るかもしれないが、確かに女性は彼女より数倍可愛い。だがよくある『猫かぶりの可愛らしさ』も感じてきて、ちょっと気が引ける。
だから総合で言えば彼女の方がダントツ上だ。惚気てばかりで申し訳ないが。
「江原さん彼氏いないの?」
「いません」
赤信号で車を停車したあと、真っすぐ俺を見つめて来た。自惚れたくはないが…俺に気があるとかいうやつか?
「あ、そうなんだ…意外」
「そういう内村さんはどうなんですか?」
「今度一ヵ月記念日ってとこかな」
歯車が狂いだしたのはこの時からだった。