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だるい…とにかくだるい。布団をかぶり直してもそもそと動く。ついに大学が始まってしまった。
今年からは前に彼と約束したように自転車通学にした。初日から早速こけて怪我したというのは彼には秘密にしているけども。
彼に会えない日常なんて退屈以外の何物でもない。毎日電話したとしても物足りない。彼の顔が見たい、ただそれだけだ。
4限がぎりぎりに終わり、時計は16時を指していた。今からバイトだと思うと気が重い。
駐輪場まで移動しながら携帯を見ると、美樹ちゃんからメールが来ていた。そして、そこに書かれた文字に衝撃を覚える。
『通用門に内村さんいるよ』
着信は一時間前にあったらしい。なので最初はかなり落胆した。
しかしもう一度読み返してみると、そこには『いた』ではなく『いる』と書かれている。
胸が高鳴っていくのがわかる。いるはずがない、そう思っていても、期待が裏切られるかもしれないとわかっていても、足は通用門へと向かう。
ゆっくりと、ゆっくりと、通用門に近づく。そしてそこに彼の姿があった。
何やらティッシュを配っているらしく、ちらっと差し出しては受け取ってもらえずに立ち尽くしている。やる気のない感じが遠くからでもわかり、思わず笑ってしまった。
私が近づいているのがばれないようにそっと近づく。が、彼は何を思ったのかこちらを振り返り、私の方を凝視した。彼に向かってひらひらと手を振ってみる。
「薫…!」
彼が長身の身体を完全にこちらに向けた。久しぶりに見る笑顔が疲れた私を癒してくれる。
「こんにちは」
「久しぶりだね!元気?」
「おかげさまで」
「あ、そうだ。ホラ、これ持って帰ってよ」
彼が手に持っていたティッシュを全部私の手に置いた。卒業生に渡しても仕方ないだろう、と思い苦笑する。
「俺ずっと配ってんだけどさ、全然減らないんだよね。手伝ってよ」
「は?いやいや、私今からバイトですよ」
「嘘ばっかり」
「いや、前電話で話したでしょ」
私だって彼がここにいるならバイトなんて行きたくない。だけどそういう訳にもいかなくて。
彼はそれを察してくれたのか、今日の陽射しのように温かな笑顔を作った。
「じゃあ今日電話するから」
「バイト終わるの10時なんで、帰ってそのまま寝ちゃったらすみません」
大学に入ってはいけないらしい彼がぎりぎりまで歩み寄る。私が行けば良いものを、何故かその時足が動かなかった。
この敷居が彼と私を隔てるものを表そうとは、この時想像だに出来なかった。
「次会えるの、いつになるかな」
「うーん…ゴールデンウィークは絶対どこか行きましょうね。
それ以前に会える日があればまた連絡します」
「わかった。行ってらっしゃい」
彼は笑顔で手を振った後、こちらに背中を向けて健気に仕事を続けた。