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運転席に座ってまずした事はカーナビの操作。流れで私が運転することになったんだけど…正直不安だ。何せ上手にカーナビが扱えない。
結局カーナビ操作は彼が手際よく済ませてくれた。
「はい、じゃあ準備が出来たら発車してください」
「はい」
自動車学校を卒業した今でも、このやりとりが好きだ。あの時と全然変わらない、優しく語り掛けてくれる彼の声が心地良い。
昨日の夜、彼に『しばらく会えません』と言った時、彼が悲しそうな、苦しそうな顔をした。
もちろん彼に愛想を尽かすなんて有り得ないことだし、私だって会いたいとは思っている。でも仕方ない事なんだ…自動車学校と大学は時間帯が違う。
私と彼の家なんて離れてはいるものの、物理的に不可能な距離ではない。なのに…彼の存在が遠く感じる。
そんな私の考えを知らないでか、彼はいつものように話し掛けて来た。
「しばらく会わなくなるって事はさ、しばらく運転しないって事だよね」
「う、ん…はい、そうですね」
「あーあ、折角感覚が戻って来たっぽいのにまた運転しなくなるんじゃ…俺もう乗らないからね」
彼がシートの背もたれに全体重をかけるように寄りかかった。
「何でですか」
「え、補助ブレーキないからだよ。今だって心臓バクバク」
誰が私に指導したと思ってるんだ。そんな私の攻撃は間違いなく無意味になるだろう。
「たぶん部活の関係でたまに車乗りますよ」
何度となくカーナビの指示を無視する私を横目に、彼が笑いながら答えた。
「可愛そうな部員さんたち…」
「どういう意味ですか」
彼が大きく笑い、私もそれにつられるようにして笑った。
それと同時に、とてつもない不安に襲われた。
次に彼に会えるのはいつだろうか、彼は私のことを想っててくれるだろうか、活動場所が違うからと離れてしまわないだろうか。
『高校別になっちゃってうまくやっていける自身ないからさ…お互いのために別れようよ』
中学校の卒業式の日、元彼にこう告げられた。何故だか悲しいとも寂しいとも思わなかった。
『別に良いけど』
当時は学校が違うだけでうまくやっていける自身がないなんて、小さな男だと思った。
でも…彼にだけはそんな事言われたくない。
話題を繋ごうと彼に話を振った。教習の時とは違って余裕が出てきたので、少しだけ彼の方を向いた。
「そうそう、燃費の良い運転の仕方ってあります?」
ちらっと横目で彼を見ると、口元に手を当てたまま動かない。
「ねえ、聞いてます?」
彼がえ?、と言ってこちらを向いた。どうやら聞こえてなかったらしい。
「ごめんごめん、どうしたの?」
「どっかインターチェンジ寄りませんか?昼食がてら休憩しましょう」
「良いよ」
夜遅くて朝早かったし、彼は疲れがたまっているのかもしれない。初心者マークの着いた車を駐車場内で懸命に走らせた。