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「何、どうしたの?」
『いや、何となく…元気かなって』
困る、今電話されてもかなり困る。かといって折角かけてくれた電話をないがしろには出来ないし、でもだからと言って彼を放置したままには出来ない。
『今何してんの?』
「えっと、今旅行中」
『へー…誰と?』
『彼氏と』
そう言えば済むものを、何故か口から出てこない。彼との関係に後ろめたさなんて何一つないはずなのに。
私は一体どうしたら良いんだろう。そう思った矢先、彼が私の手から携帯を奪い取った。今までに見たことのない剣幕に、怖ささえも感じる。
「悪いけど、今お取り込み中だから」
彼は担任と会ったときよりも刺のある口調で喋った。するとそのまま電話を切ってしまった。びっくりしていた私はそれを見てはっとする。
「なっ、何するんですか!せっかく話してたっていうのに」
彼の手から携帯を取って反論した。と言っても実際は助かった、という気持ちでいっぱいだった。
「だって何か困った顔してたし」
やっぱり彼は察してくれていたんだ。ただ、あの言葉が出てこなかった事に罪悪感を覚える。
「ねぇ、この人誰?」
追い打ちをかけるかのように彼が尋ねて来た。元彼との関係はもうとっくに終わっている。なのに何で?『彼氏と旅行に来てる』と言えなかった。
彼は私の全てを察してくれたのか、そっと頭を撫でてくれた。
「ゴメン、嫉妬」
胸が痛くなるのがわかる。私は嫉妬してもらえるほど彼に愛されているんだ。震える手で彼の袖を掴んだ。
「…元彼です、中学の時の」
誤解されたくない、だからこそ素直に言うしかない。
彼は少し険しい顔をしたが、すぐにふっと笑った。
「そっか」
「怒ったりしないんですか?」
うっすら涙を浮かべた目で彼を見た。彼は優しい笑顔のまま私の頬をさすった。
「別に…浮気じゃあるまいし、友達と電話くらい…ね?」
私の頬に彼の唇が落ちて来る。じんわりと心が温かくなり、自然と頬がゆるむ。
「せっかくの旅行なんだからさ、楽しもうよ。今日明日で終わっちゃうし」
「…そうですね」
そう言って二人で星空を眺めた。