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彼女が相変わらず険しい顔で話を続けていた。若干言葉が濁っている。
『かなで』という名前からは男か女か判断出来ないが、とりあえずせっかくのこの機会を丸潰しにされたのは確かな事実だ。10歳も年上だというのに、全然余裕がない。
歳が離れているからこそ、余裕がないのかもしれないが。
電話が長引きそうな雰囲気にイラッとし、立ち上がって彼女に近づいた。
「あのね、」
そう言った彼女の携帯を取り上げる。
「悪いけど、今お取り込み中だから」
男だろうが女だろうが関係ない。問答無用で電話を切って彼女に手渡した。
「なっ、何するんですか!せっかく話してたっていうのに」
彼女は強く反論したが、表情を見る限りだと本気で怒ってるわけではないらしい。
「だって何か困った顔してたし」
彼女は図星とわかる顔色になった。
「ねぇ、この人誰?」
彼女は黙って目を逸らした。言いにくそうな雰囲気を出している。
別に彼女を疑ってるわけではないので、そこまでは追求しない。追い詰められてしまった、という雰囲気の彼女の頭をそっと撫でる。
「ゴメン、嫉妬」
すると彼女が俺の袖をぎゅっと掴んだ。俯いているので顔は見えないが。
「…元彼です、中学の時の」
思わず眉をひそめた。以前『一人とだけ付き合ったことがある』という話を聞いたことはあったが、まさかこんな形で接触するなんて…。
ただ、そいつは彼女と『付き合う』という事をしただけなので、意地悪く言えば奴は元彼でも何でもなく、昔の友達だ。つまり、奴がどうあがこうが俺には勝てないだろう。
もっとも、相手がわかった途端に勝利を確信するのも情けない話だが。
彼女の頭を抱き寄せた。サラサラの髪の毛が俺の指の隙間から流れ落ちる。
「そっか」
「怒ったりしないんですか?」
彼女がびくびくしながら尋ねて来た。確かに俺は独占欲が強いが、あまり束縛はしたくない。
「別に…浮気じゃあるまいし、友達と電話くらい…」
ね?、と言って額に口付けをした。彼女の表情が次第に和らいでくる。
「せっかくの旅行なんだからさ、楽しもうよ。今日明日で終わっちゃうし」
「…そうですね」
彼女が腕を絡ませて来た。大丈夫、彼女が俺から離れるなんて有り得ない事なんだ…。