第80話「涙と笑顔」
階段を登り、林を抜けた高台には夏妃ちゃんの姿があった。
姫城君の方を見る。
姫城君は特に動じた様子はないようで、まるでここに夏妃ちゃんがいることを知っていたようだった。
どうしよう……想定していない出来事が起きていることでどうすればいいか分からなくなる。
すこしの沈黙の後、最初に口を開いたのは夏妃ちゃんだった。
「……ちゃんと来てくれたのね」
………?
夏妃ちゃんから妙な違和感を覚える。
嫌な感じとかそういうわけではなく、むしろなんというか、柔らかい感じという表現が正しいだろうか。
「あはは……金森さんに内緒で連れてくるのはすこし気が引けたけれどね」
「やっぱり、姫城君はここに夏妃ちゃんが居るってわかってたんだね」
「違うのよ綾乃。私が姫城に綾乃を連れてきて欲しいって頼んだの」
私が感じていた疑問を察したかのように夏妃ちゃんは言った。
「ううん。別に怒ったりはしていないけれど、その……」
発言に戸惑う。
夏妃ちゃんについてはもう一度会いたいとは思っていた。
だけど私はまだ夏妃ちゃんに何を伝えればいいか、これからどう接していけばいいのかの折り合いをまだつけることができていない。
……ううん、そうじゃない。
私が今なつきちゃんにかける言葉は……
「……夏妃ちゃんのこと、聞かせてもらってもいいかな」
なんだかんだ言って私は夏妃ちゃんのことを何も知らない。
だからこそ私は知りたい。
「……そうね、私も同感よ。私も綾乃のことを知っておきたい」
「となると、俺はすこし外した方がいいかな」
気を利かせてくれたのか、姫城君は来た道を戻ろうとしていた。
「飲み物でも買ってくるよ。それまで時間もかかるだろうし、納得がいくまで話をすればいいと思う」
「ありがとう。ちょっと申し訳ないけど」
「気にしなくてもいいよ。この件は俺もすこし関わっちゃってるし」
聞かれたくない話をする場合は連絡してくれれば時間を調整するとだけ言って姫城君は来た道を戻って行った。
そしてこの場には私と夏妃ちゃんの2人が立ち尽くす。
「とりあえず、あっちの方に行きましょう」
夏妃ちゃんの指差す方向には柵があり、その手前には人が3、4人ほどが座れそうなベンチがある。
言われるがままベンチに向かって歩き、そこに腰掛ける。
そこから見る景色は街を一望できるほどのものだった。
景色にすこし見とれながらも、本来の目的を遂行するために口を開いた。
「なんとなくだけど夏妃ちゃん、すこし変わったように感じるよ」
「そう、かしら。でも、だとしたらそれはきっと姫城と綾乃のおかげだと思う」
「私と姫城君の……?」
姫城君はともかく、私は何かしたかな……。
「ええ。特に綾乃はね。きっかけは姫城だったけど、彼を追ううちに綾乃と出逢って……」
最初の頃の夏妃ちゃんは刺々しいいイメージで、でも時が経つにつれてそれがすこしずつ変わっていって。
「綾乃は気づいていないだろうけれど、私が知らないような初めての出来事や想いを色々教えてくれた」
それでも私たちはやっぱりライバルで。
「でも私は結果的に綾乃に負けた。いえ、違うわね。最初から分かっていて、それに気付かないふりをしてあたっちゃってただけ」
夏妃ちゃんの話を私はただ無言で聞いていることしかできなかった。
正直なところ、今の私の状況ではどんな言葉でもダメな気がする。
「そしてここ数日、誰とも話さなくなってようやく分かったわ。私は姫城や綾乃に依存していたんだって、ただ優しさに甘えていただけなんだって」
「……それは私だって変わらないよ」
私だって色んな人に助けて貰ってばっかりだ。
「そんなことはないわ。でも、それでも、私はやっぱり綾乃達といたいの。最初は嫌いだったはずなのに、いつの間にかその雰囲気が心地良すぎて、気づいたら綾乃達のことを好きになっちゃってた。だから」
ああ、夏妃ちゃんは私より辛かったはずなのに、私と同じことを想っていたんだ。
「うん。夏妃ちゃんの気持ちは痛いほど伝わるよ。私も同じなんだ」
私たちは不器用だ。
同じ想いでいたはずなのにお互い気づけず、悩んでしまう。
嬉しいはずなのに、目からこぼれた涙が頬を伝う。
つられるかのように夏妃ちゃんも涙をこぼす。
その時の夏妃ちゃんは涙をこぼしながらも今まで見たよりも可愛い笑顔だった。




