第3話「友達」
体育館を目指して廊下を駆ける綾乃。
高垣さん、君は少し私に似てるかもしれない。
中学時代の私は誰とでも仲良くなれた。
いつも通りにクラスのみんなと話したりしていた。
……でも、それは上辺だけ友達と言うに過ぎなかった。
偶然聞いた。
クラスの人たちが陰で他の人の悪口を言っていることを。
表面上はいい人を演じて陰では人のことを貶める。
私はそんな人たちに対して何も言えなかった。
……私も所詮そんな人間の一人だったんだ。
それからしばらくして悪口を言われていた人は転校していった。
あとで聞いた話によると悪口だけではなく、暴力なども行われていたという。
もしかしたら私が何か行動できていればその人は救われたかもしれない。
でも、その時の私はこわかったんだ。
一人になるのが。
だからだろう。
私には本当に友達と呼べる人がいなかった。
だから私は決めたんだ。
下駄箱前を駆け抜け、体育館の正面へと出る。
そのまま左に曲がり、体育館裏へと回っていく。
体育館裏へとたどり着くと、数十メートルほど先に三人ほど人影が見える。
三人は全員女子生徒でそのうちの一人は高垣であり、俯いた状態で壁を背にして他二人の前に立っている。
女子の一人が高垣に近づき、胸倉を掴む光景が見えた。
やばい、早く動かなきゃ……!!
そう感じているものの、動けなかった。
まだこわいんだ。
『行ったほうがいいんじゃないかな』
『その方が後悔しないと思うよ』
ふと脳裏に姫城の言った言葉が再生された。
そうだ、私はもう後悔したくないんだ。
一人になるのはこわい。
でも、それで得た居場所になんて価値はないんだ。
私は歩き出す。
今までの自分を変える為、高垣の元へ。
高垣の胸倉を掴んでいた女子生徒は胸倉を掴んでいる方と逆の手を上げ始める。
その行動が高垣に手を挙げる行動だと気づいた綾乃は走りだし、その腕を掴んだ。
「何、やってるの?」
「あ? 離せよ!」
綾乃の言葉に対し、腕を掴まれている女子は高垣を突き飛ばし、綾乃の手を振りほどく。
「何やってるのかって聞いてるんだけど」
「うるせぇな、何やってようが私らの勝手だろ!」
「まあ、落ち着きなよ和歩」
後ろで見ていたもうひとりの女子生徒が和歩と呼ばれた女子に対してそう言い、綾乃の方を見て話し始める。
何となくではあるけど、この人の方が話が通じるような気はする。
「あんたさ、本当は私らが何しようとしてるかわかってるんでしょ?」
……確かに、薄々とだけど気づいている気がする。
少なくとも高垣さんにとってはよくないことを。
「……何となく」
「じゃあさ」
近づいてくる女子に一歩後ずさる綾乃。
「あなたも手伝ってくれる?」
何を言ってるんだこの人は。
当然私はそんな提案に乗るはずもない。
「手伝ってくれればそれなりの地位にしてあげるし、この学校で大きい存在にだってしてあげる。だってそれが友達でしょ?」
ピクッと綾乃の身体が一瞬震える。
沸々と湧き上がる感情。
私が今まで経験したことのないほどの『怒り』の感情だ。
「どう?それなら……」
「ふざけないで!」
声を荒げてそう言った。
「そんなの友達じゃない! そんな提案に乗って得た場所に価値なんてない!」
それを聞いたからだろう。
先ほどまで話していた女子が舌打ちをして綾乃を睨み始めた。
「はぁ……人がせっかくやさしくしてあげてるってのに」
急に胸倉を掴まれる。
そこそこな力で掴まれてる為、振りほどくのは難しいかもしれない。
そんな状況の中、綾乃は抵抗せずに話し始める。
「君たちは何でこんなことしてるの?」
「楽しいからに決まってるでしょ?」
馬鹿げてる。
なんでそんなことを考えられるんだろう。
「……やっぱり君とは分かり合えないみたい。私は誰も傷つけたくないから」
「勝手に言ってれば。この偽善者!!」
偽善者。
今の行動とこの言葉がそうなら、私は偽善者で構わない。
そう感じている綾乃の顔めがけて女子の右ストレートが近づく。
――それは一瞬だった。
反射的に綾乃は相手の胸倉を掴み、迫ってくる相手の右手を左手で受け流した反動を利用して背負い投げをしていた。
投げられた女子生徒は何が起きたのかわからない状態で地面に倒れている。
少しの静寂の中、綾乃が口を開いた。
「私は友達を傷つける人は絶対許さない。だからもう絶対こんなことしないで」
静かで、どこか威圧的な声でそう言った。
先ほどまで威勢よく話していた和歩という少女は言葉を失っており、綾乃が投げた女子は力なく立ち上がる。
「あんた、絶対許さな……」
「そこまでだ」
会話を遮るように声が聞こえた。
方向的には綾乃が来た方向。
そこには彩咲と梓の姿があった。
「何があったかは聞いてたからわかるが、そこの不良生徒二人は今からちょっと来てもらうぞ」
「チッ……めんどい。何? 停学にでもする気? やってみなよ?」
そう言う女子に対し、呆れたような様子で彩咲は口を開く。
「そうならないために今から説教するんだ」
「ハッ、それって言い訳? 証拠がないから聞き出そうってわけ?」
「証拠はお前がさっき自分で言ってたろ」
彩咲の返答に対して女子は段々とイライラしているのが見て取れる。
逆に先ほどまで怒りが頂点に達していた綾乃はその姿を見て冷静になっていた。
「そんなの証拠になるかよ! ほんっとうに教師って無能だよなぁ!」
「そういうのは思ってても口に出すもんじゃないぞ。それに、証拠はまだまだある。学校で喫煙したりカツアゲを行ったり、迷惑をかけたがる奴の写真がほら」
スマホを出しておそらく証拠写真であろうものをその女子に見せる彩咲。
写真を見た影響だろう、先ほどまで彩咲に刃向っていた女子たちは急におとなしくなり、そのまま歩いてこの場を去って行った。
というか、新学期始まって早々に何やってるんだこの人たち……。
彩咲が去っていくのと入れ替わるようにして一緒に来ていた梓が綾乃たちの元へと駆け寄ってきた。
「綾乃ちゃん、高垣さん、大丈夫だった?」
「う、うん。私は大丈夫だけど高垣さんは大丈夫!?」
「わ、わたしも大丈夫……」
「……よかったぁー」
先ほどの光景を見ていたこともあり胸を撫で下ろす綾乃。
「とりあえずそこにでも座ろ」
体育館の縁にある石段を指さし、皆でそこに座る。
そして綾乃は疑問に思っていたことを高垣へと問いかける。
「高垣さん、なんであの人たちに呼ばれてたの?」
「……仲良くなりたかったから」
「仲良く?」
そう梓が反応するが、綾乃は何も言わずに高垣の話を聞いていた。
「わたしは中学時代から自分を表現することが苦手で、人と話すと力が入っちゃってみんなを怖がらせちゃうみたいで。それが影響してずっと友達がいない状態で孤立してた」
……確かに怖がるっていうのは身に覚えがある気がする。
「だから高校生になったら勇気出してみんなに声を掛けようって思ったのだけど、勇気が出なくて今の状態に……」
「そこに付け込まれちゃったってこと、かな」
「うん。話せばわかるって思ったんだけど、ダメだったみたい」
そっか、みんな表面上の高垣さんしか知らないんだ。
そう思った瞬間、あることに気づく。
「高垣さん、今普通に話せてるよね?」
「あ、ほんとだー」
高垣自体そのことに気づいていなかったのか、一瞬の間を置いて自然に笑った。
綾乃と梓はその光景を見て驚きを隠せなかったが、その笑顔はまぎれもない喜びの笑顔だと感じて二人も笑い出した。
「わたし、金森さんと佐野さんと友達になりたい。だから頑張るね!」
「……あのね、高垣さん」
綾乃は高垣の首元に腕を回して抱き着く。
「私たちはもう友達だよ」
「あたしもあたしもー」
綾乃に続いて梓も高垣に抱き着く。
高垣は驚いた様子だったが、やさしい声で『ありがとう』といった。
「なんなら高垣さんがもっと他の人と話せるように私たちが協力していくよ!」
「あ、ありがとう金森さん」
少し時間は掛かったけど、無事高垣さんと友達になれた。
それとは別に一つだけ疑問が浮かぶ。
「ところでなんで梓ちゃんはみなちゃん先生とここに?」
やけにタイミングよく現れた感じがするけど……。
「ほんとは先生が最初に止めに行こうとしてたんだけど、綾乃ちゃんが相手投げようとしてたから先生が止まっちゃって……あ」
話をしている途中何かを思い出したのか、綾乃が最初に来た方角へ梓は走りだした。
角を曲がった後に少ししてから梓が姫城と桜田を連れてやってきた。
「あれ? 姫城君に桜田君?」
「元々紗輝が綾乃ちゃんの後を追うって言ったんだよ」
そういえば姫城君のおかげで今こうして高垣さんと友達になれたわけだけど、姫城君は何でそのことを知っていたのだろう?
「金森さんが高垣さんと仲良くなりたいって言うのは行動を見てればわかるよ」
「私の考え声に出てた……?」
「見てればわかるって」
なんかそれはそれで恥ずかしい。
「それにしても紗輝、よくここだって気づいたねー」
「この前学校を見て回ったけど、新入生が場所を知っていて人気がないところで向かった方向を考えれば体育館裏かなって。それに金森さんは場所知ってたみたいだし」
「え、わたしの行く場所知ってたの?」
「あはは、高垣さんの読んでた手紙が自分の席から見えたから……」
「「えぇ!?」」
綾乃を除く全員が驚きを隠すことができなかった。
少なくとも綾乃の視力は1.5~2.0くらいはあるとその場のみんなが確信したのだ。
「とにかく、私はみんなと友達になれてうれしいよ! 中学の時はここまで話せる人いなかったし……」
その綾乃の言葉に少しの沈黙が流れたが、少し間を置いて姫城が口を開く。
「やっぱりそうだったんだね」
「え? 姫城君知ってたの?」
「……まあ、確証はなかったけどね」
「そうそう、いろいろ聞いたけどなんか探偵っぽかったよ」
綾乃がどう推理したのか聞きたいといってきたためか、姫城はそれに答えていた。
まず1つ目は入学式に綾乃のスマホを拾った際に誤って電源が入ってしまっていたらしい。
充電が切れていたわけではなく、電源を消しっぱなしにしていたことが原因だったとのこと。
その時に急いで消そうとしたが、通知で流れてくる日付を見る限り、少なくとも2週間ほど放置していたということがわかった。
そしてその際の通知内容に親の着信履歴以外の友達と思わしき人の通知が一切なかった。
姫城の考えではそれほどの期間中に友人とのやり取りがないのは不自然だと感じたとのこと。
2つ目は高垣に対して行動的であったこと。
一人で孤立していた高垣に対して綾乃だけが近づいて行った。
高垣に関する噂やらなんやらを聞いた上で行動したということは、おそらく過去に似たような境遇を知っているか放っておけなかったのだろう。
「そして3つ目は金森さんの癖かな。無意識だろうけど、たぶん考え事をするとき金森さんは前髪を触る癖があるみたいだね」
「え? そうかな……」
そんなことはないと思うんだけどなぁ。
と思いながらも早速前髪を触り始める綾乃。
「その癖は俺も早々に気づいてたぜ」
「え、そうなの? あたし気づかなかったー」
「とまあ、金森さんの癖が出るのは高垣さん絡みだったからそうかなって」
一通り聞いたが、綾乃にはあまり理解できなかった。
「なんかそれっぽくてすごいと思いました!」
「絶対わかってないなこいつ……」
「まあそれはそうと、帰ろうよー」
夕暮れの中、私たちは帰宅した。
どうやら姫城君と高垣さんは何度か話しているようで自然な状態であったものの、桜田君に対してはまだ固く少し時間が必要なのかもしれない。
入学してまだ少ししか経っていないけど、この期間がずいぶん長く感じる。
多分それは私にとって本当の意味で友達ができたからなのではないかと思う。
「それじゃあ、あたしたちはこっちだから」
「うん。また明日!」
姫城たちと別れ、帰り道が一緒であろう高垣と共に綾乃は帰路を歩み始めた。
「あ、あの金森さん」
「ん? どうしたの?」
「……ありがとう。助けてくれて、わたしと友達になってくれて」
その言葉に綾乃は立ち止まり、高垣は立ち止まった綾乃の方へと振り返る。
「違うよ。私が友達になりたかったんだ。高垣さん……いや、千奈ちゃん。私のことは綾乃でいいよ」
「……うん! よろしくお願いします。綾乃ちゃん」
「それとね、千奈ちゃんはもう一人じゃないよ。私は知ってるよ。千奈ちゃんがいい子だって。だからもう一人で悩まないで」
綾乃の言葉に千奈は『うん!』と大きくうなずく。
日も落ちかけており、私たちは再び歩き出すのだった。




