第1話「学校」
朝。
今日から高校生活で初めての授業が始まる。
そんなワクワクした気持ちで綾乃は起床した。
昨日の入学式、早くも友達ができた。
これから毎日会えるというのに新鮮な感じだ。
学校へ行く準備を行い、朝食を頂く。
「綾乃、おはよう」
「うん。おはよう」
食卓に着いているお父さんとお母さんに挨拶をする。
「今日から授業だったか?」
「うん」
すでに用意されていた食パンを頬張る。
「友達いっぱいできるといいわねぇ」
「実はもうできたんだー。それじゃあそろそろ行ってくるね」
食パンを飲み込み、お茶を飲み終えて鞄を右肩に背負う。
「行ってきまーす!」
玄関を開けて綾乃は通学路を歩き出した。
「おーい、金森ー!」
しばらく通学路を歩くと、後ろから綾乃の名を呼ぶ声が聞こえる。
立ち止まって振り返ると同じクラスの友達である梓と桜田、そして姫城の姿があった。
「おはよう金森」
「綾乃ちゃんおはよー」
「桜田君に梓ちゃんおはよう!それと……」
姫城の方を見る。
「おはよう、姫城君」
「お、おはよう」
一通り挨拶が終わり、桜田が『ん?』という反応をする。
「あれ? 金森って紗輝のこと知ってるの?」
「昨日2回も助けてもらっちゃって」
「あぁ、なるほどな。こいつ困ってる人間見過ごせないタイプだからなー」
「別にそういうわけじゃ……」
そっぽを向く姫城。
なんというか微笑ましい。
何気ない会話をしながら4人で学校へと向かうのであった。
教室まで着くと、周りの生徒が賑わっているのがわかる。
昨日は入学式だけ行ったため自己紹介はまだしていない状態。
「賑わってんなー」
「そうだね。自己紹介もまだしていないのに仲良くなれるってすごいことだと思うよ」
桜田の発言にそう返答する姫城。
「確かに私もそう思うよ。最初梓ちゃんと話すのも緊張したし」
「あーそうだねー。私も緊張したよー」
「お前のは説得力無いな……」
といった会話をしているとチャイムが鳴る。
急いで各々自分の席に着くと、女性の先生が入ってきたタイミングで皆会話を止める。
教卓の前で先生が歩みを止め、話し始めた。
「えー、それではこれからHRと1限目を始める。今回このクラスの担任になった彩咲美鳴飛だ。これから一年よろしくな。名前の呼び方はなんでもいいぞー」
彩咲はきれいな赤い長髪で赤い目がキリッとしており、ワイシャツの上に白衣を羽織っている。
その雰囲気と見た目から言えるのは綺麗でかっこいい先生。
「ちなみに先生に対する質問があれば答えてやるぞー」
という彩咲に対して、クラスの生徒が質問し始める。
「それじゃあ先生は好きな人とかいますかー?」
「何それー、中学生じゃんー」
「あぁ、いるぞ。いや……昔一人だけ居た、といったところかな」
「あ……すいません。ありがとうございました……」
なんか空気が少し重くなった!?
彩咲先生過去にいったい何があったんだろう……。
そんな空気をかき消すように桜田が次の質問をする。
「先生って好きな食べ物ってなんですか?」
「無論きゅうりだ」
きゅうり!? しかも即答!?
「きゅうりはいいぞー、なんたって生でもいい味が出る。それにあのしゃきしゃき感を生かして様々な料理にも活用でき、さらに……」
「先生、次の質問いいですか!?」
きゅうりに関して急に饒舌になった彩咲先生をとっさに止めてしまった……とにかく何か質問を……。
「せ、先生は何で先生になったんですか?」
「……そうだな、高校時代の友達がいたから、かな。私は家庭の都合上学生生活をまともに過ごせなかったんだ。だが、高校三年の時に会った友人が後押ししてくれてな。今ここにいるのはその仲間がいたからということもある。おっと、長く語りすぎてしまったな」
「あ、ありがとうございます!」
高校時代の友達がいたから、か。
やっぱり友達がいたからこそ進路が決められるというのもあるんだな。
私にはまだ進路とかよくわからないけれど、いつかのために参考にしよう。
「それじゃ時間も時間だから出席番号順にそれぞれ自己紹介していってくれ」
先生のその声に生徒一人ひとり自己紹介をしていく。
「それじゃあ一学期中はみんな出席番号順の席で確定な。不都合があったら私のところに個別で来てくれ。それと次の時間は移動になるから休み時間終了5分前には廊下に並んでおけよ―」
その瞬間チャイムが鳴り、HRと1限目は過ぎ去っていくのであった。
2限目は体育館へと移動となるようで、階段を下りて渡り廊下を歩き、下駄箱前を通って体育館へと向かう。
「どうやら2限目と3限目は部活紹介になるみたいだね」
今日の時間割を確認しながらそう呟く姫城。
「部活かぁ……みんなって中学の頃何やってた?」
「俺と紗輝はサッカー部」
「あたしは手芸部だったよー」
「金森さんは何やってたの?」
「私は陸上部だよ。いろいろあって大会に出たことあんまりないんだけどね。あ、始まるみたいだよ」
校長先生だろうか、体育館のステージの真ん中に立ち、マイク調整を行う。
そして少し長めの学校理念などを話し終わった後にステージを下り、部活紹介へと移行した。
部活はありふれた運動部や文化部だけではなく、マイナーと呼ばれる類の部活もあり、綾乃を含む1年生たちはその部活紹介を見て早くも部活を決める人や最初から入る部活を決めていたが紹介を聞いて悩む人など様々な光景が見て取れる。
「こうやって部活紹介を見てるといろんな部活に入ってみたくなる……」
「お前もか金森……わかるぜその気持ち」
部活紹介に感化されている綾乃と桜田。対照的に姫城と梓はおとなしく部活紹介を見ている。
体育館から教室に戻り、4限目の授業であるHRが始まる。
今日の時間割を見る限り本日最後の授業となる。
「えー、さっきの部活紹介を見て気に入った部があれば明日から部活見学へ行って入部するか決めてくれ。体験入部は二週間あるから少しでも入ってみるといい」
入部に関する説明を簡単に受け、入部届の申請用紙が配られる。
「強制ではないが、できるだけ部活に入っておくことをお勧めする。ただし、部活に入ったからと言って学力が低下した場合は部活停止になる可能性もあるからその辺は気をつけろよ」
「質問ー、彩咲先生は高校時代どんな部活をやってたんですかー?」
「私か?私は部活じゃなく家庭の事情でバイトみたいなことをやってたな。今思うと部活もやってみたかったと思うぞ」
「えっと……ごめんなさい、ありがとうございます」
「あぁ、別に家庭の事情と言っても自営業に近いものだから生活に困ってたわけじゃないぞ」
重くなりかけた空気だったが、彩咲が自分自身でフォローを入れたおかげで何とか切り抜けられた。
そして今後の時間割に関する話を説明を終えた後、クラスで各委員を決めることとなった。
「というわけで、とりあえず学級委員を決めたいと思う。男女一人ずつだが、誰かやりたい奴はいるか?」
もちろんと言うべきか手を挙げている人は見当たらない。
「はい! 私やります!!」
意気揚々と手を掲げている綾乃以外は。
「おぉ、私の教師人生で自分から学級委員を引き受けてくれた生徒はお前が初めてだぞ金森! というわけで今から学級委員にこの場を仕切ってもらう。よろしくな金森」
「はい!」
若干緊張しながらも教卓の前に着き、黒板に『学級委員 金森綾乃』と記載し、クラス生徒の方へと向く。
「そんなわけでこれから学級委員になった金森綾乃です! よろしくお願いします! 早速ですが、男子で学級委員やりたい人挙手!!」
先ほどの反応と同じく手を挙げる人はいないと思ったが、一人だけ手を挙げた。
「俺、やります。学級委員」
姫城が手を挙げ、そう言った。
「おっと?」
何かに気づいたのか、彩咲はニヤッとしながら姫城を見る。
姫城はそれに気づいていたが特に気にする様子もなく、黒板に書かれた『学級委員』の名前の隣に『姫城紗輝』と記載した。
「というわけで男子の学級委員は自分、姫城紗輝がやります」
綾乃が声掛けをし、姫城が黒板にそれぞれ役割を記載して行き順調にクラスの役割が決まって行く。
そして役割をすべて決め終った後で綾乃と姫城は自分の席に戻り、4限目が終了となった。
「これで今日の授業は終了だ。明日からは各教科の授業が始まるから忘れ物をしないようにな。以上だ」
その瞬間どっと周りが騒がしくなる。
授業が終わり、皆緊張が解かれたのだろう。
「授業終ったねー」
「うん。と言っても授業って感じもあんまりなかったけどね」
「それにしてもまさか綾乃ちゃんと紗輝が学級委員になるとは思わなかったよー」
「それなー。俺もそう思う」
その話題に食いついたのか、桜田が会話に混ざり、その3人の元に姫城が合流する。
「紗輝ってこういう役割苦手じゃなかったっけ?」
「別に苦手なわけではないよ」
「ほうほう? それじゃ何か他に理由が?」
「まあまあ、この話題はあとにしようよ。それよりお腹すいたよー」
確かに時間は丁度昼時を表している。
そもそも午前授業だった為、当たり前といえば当たり前なのだが。
「というわけでみんなでお昼食べに行かない?」
「お、いいね。って多分行先はあそこか」
「いいんじゃないかな。俺も昼は外で食べる予定だったし」
今綾乃の脳内では『放課後』+『外食』=『高校生っぽい』という図が流れていた。
「私も……」
「お、まだ残ってたな。学級委員になった金森と姫城はちょっと手伝ってくれないか」
綾乃が返事をしようと思ったタイミングで彩咲が教室の入り口から声を掛けていた。
その声を聞き、本日みんなで外食は無理そうだなと感じ、綾乃と姫城は返事をして彩咲の元へと向かう。
「ごめんね! また今度食べにいこ!」
去り際にそれだけ言って教室を後にする。
その際、教室に残っていたもう一人の女子生徒と目が合う。
名前は確か高垣千奈。
一瞬ではあったが、その表情はどこか暗いものを感じた。
「金森、行くぞー」
「あ、はい!」
彩咲に呼ばれ、綾乃は姫城と共について行くのであった。
「いやぁ、悪いな。実は私もこの学校に先週来たばっかりだから学校見学がてら書類整理しようと思ってな」
「それ、俺たち犠牲になってるんじゃ……?」
「安心しろ。今日の昼飯はおごってやるぞ」
「本当ですか!? 私も学校を見て回りたかったので助かります!」
姫城は若干疑いの眼差しだったが、綾乃はむしろ彩咲の案に賛成している。
近々綾乃は学校の中を見て回る予定であったため、彩咲の提案はありがたかった。
「……まあ、いいですけど」
姫城も渋々といった形で了承。
「よし、それじゃ一旦……」
ぐぅぅぅー……。
突然綾乃の腹の音が鳴り出す。
「……ごめんなさい」
「ハハハ、じゃあ最初に職員室寄ってから食堂に向かうか」
彩咲の要件を済ませるために3人は職員室まで向かうのであった。
職員室で要件を終え、早速学食でメニューを選んでいた。
今日は午前授業のため生徒は数えるほどしかいない状態で学食内はがらんとしている。
そしてメニュー選びの際に綾乃は悩みに悩んでいた。
「先生! メニューが多くて選べません!」
「残さない程度ならそれなりに頼んでもいいぞ」
「じゃあ俺は2つ頼みますね」
「私は4つ頼みます!」
「マジかお前……まあいいだろう」
それぞれメニューを頼み、席に着く。
ちなみに綾乃の目の前にはカツ丼とチャーハンとうどんと蕎麦が、姫城の前にはカレーと醤油ラーメン、彩咲の前にはきゅうりの浅漬けが5個くらい並べられていた。
「いや……きゅうりが好物って聞いてたけどマジですか」
「まあな。友人に月に一箱きゅうり送ってもらうレベルでは好物だな。それより金森……お前本当にその量食えるのか?」
「大丈夫です! お腹すいてるんで!」
そういう綾乃であったがその量は見ただけで多く、明らかに一人で食べる量でないことがわかる。
心配そうに見ていた姫城と彩咲であったが、綾乃が食べ始めるとその勢いは加速していった。
「なんというか、あれだな」
「先生が言おうとしてること何となくわかります」
姫城と彩咲が綾乃に対して思ったこと、それは頬張って食べる姿は完全にリスのようだ、ということ。
しばらくして綾乃の前に大量にあった食物が姫城より早く食されていた。
「おいしかったぁー」
「マジで食ったな……」
満足そうな顔の綾乃を見てあの細い体のどこに入るんだと呆然とする姫城と彩咲。
量が量だった為、休憩がてら話を始める。
「お前ら、この先やっていけそうか?」
その問いに綾乃は腕を組んで少し考える。
「何とかやっていけそう……だと思います」
「多分大丈夫だと思います」
2人がそう言うと彩咲は少し笑いながら『そうか』と言った。
「そうだ先生。美鳴飛先生って堅苦しいのでみなちゃん先生って呼んでいいですか!」
「あだ名っぽくて最高だからいいぞ! それじゃあ私も綾乃と呼ばせてもらおう」
姫城はやれやれと思いながらも2人が楽しそうにしている姿を見ていた。
そんな姫城を見て彩咲は思い出したように話を始める。
「そういえば姫城。私の間違いでなければお前、綾乃が学級委員になった直後に自分も立候補したよな? もしかしてお前綾乃のことが?」
「先生!? 何を言ってるんですか!?」
ニヤニヤしながら姫城をからかう美鳴飛。
それに対して綾乃の頭の上に『?』が浮かんでいた。
「私がどうしたの?」
「なんでもないから気にしないで……」
「青春だなー」
顔を赤くしている姫城を見る綾乃だが、その心情に綾乃は気づく様子はなかった。
丁度良く時間が経った為、3人は再び学校を見て回る事となり学食を後にした。
しばらく歩き、代宮高校の校内がわかってきた。
まずは綾乃たちが普段授業を受ける『教室棟』。
『教室棟』は校門から北西の方角にあり、教室内の南側の窓からは校庭が見える。
『教室棟』の北側には『中庭』を挟んで実験室などを含む『特別教室棟』がある。
『教室棟』と『特別教室棟』の東側の『東棟』は校門から一番近い場所となっており、職員室や保健室や下駄箱などが。
また『教室棟』と『特別教室棟』と『東棟』は渡り廊下で繋がれており、基本的に1階以外は外に出ることなく移動が可能となっている。
『東棟』から南側に移動すると『体育館』があり、校門から下駄箱を直進すると『校庭』へと出ることができる。
校庭の西側には『部活棟』があり、その南側には『プール』が設置されている。
「これで学校全体は見れたか」
「いろんなところが多すぎて覚えられない……」
「そのうち覚えてくるから大丈夫だよ」
時間がだいぶ経ったこともあり、その日は帰宅という形となった。
帰り道、綾乃は姫城と並んで歩いていた。
「今日もいろいろあったねー」
「うん、そうだね。一番びっくりしたのは金森さんの食欲だったけど」
綾乃はびくっとし、わたわたとしながら姫城を見る。
「あ、あれは! えっと! ……引いた、かな?」
「いや、かわいいと思ったよ」
「え!?」
突然言われた『かわいい』というワードに過剰に反応する綾乃。
その理由は今まで綾乃は同年代の男子にかわいいと言われたことが無い為である。
恥ずかしさとうれしさのような感情が入り混じってどういう顔をすればいいかわからない、そんな状態。
「あ!? えっと、その……今のは素が出た、じゃなくて! 今のは忘れて!!」
「う、うん……」
無言になり顔を赤らめる2人。
明らかに2人は動揺しており、まともな思考ができずにいた。
「じ、じゃあ私こっちだから!」
「う、うん。また明日」
綾乃はそれだけ告げて逃げるように帰路を走っていくのだった。
そして残された姫城はその場に立ち止まったまま
「あの表情は反則だよ……」
最後に見た綾乃の顔を真っ赤にして照れたような表情を思い出し、姫城は顔を赤らめながら帰路へ着くのであった。
その夜、綾乃は姫城に『かわいい』と言われたからかベッドの上で悶えていた。
なんでこんなに恥ずかしいんだろう?
なんでこんなにドキドキしているのだろう?
こんなことは初めてで、思い出すたびに鼓動が早くなるのを感じる。
「なんだろう、この気持ち……身体が熱い……」
身体は熱いし、動悸もする……。
「やばい病気かな。とりあえず体温計持って来よう……」
体温計で測るも熱はなく、結局今日はそのまま眠りにつく。
結局綾乃はその感情がどういうものかわからないままであった。