第10話「雨の日」
「はぁ……」
ため息が出た。
ここ数日、私は有馬さんによく思われていないのではないかと思い始めている。
確信たる理由はないけど、声を掛けようとした時など軽く流されて会話が終わってしまう。
他の人に対しても大体そんな感じにも見えるけど、心なしか姫城君とはまともに会話をしているように思える。
その度に移動教室での違和感を思い出す。
……なんというかモヤモヤする。
「……綾乃ちゃん、目に見えて悩んでるね」
「え?」
気づいたら放課後になっていたらしく、梓ちゃんが私の顔を見てそう答えていた。
というかそんなに周りから見て分かるほどの表情をしてたのだろうか……。
「梓ちゃん、有馬さんってどんな子かしってる?」
「有馬さん? 一応同じ中学だけどうーん……」
腕を組んで考える梓ちゃん。
「有馬さんは見た目がすごくきれいだし、クールな感じっていうこともあって男子から人気なんだけど本人はそういうのには興味がないみたい。あとたまに他の人と話しているところを見るけど、自分から話しかけているところは見たことがないかも」
「自分から話しかけてないって……でも、友達はいるんだよね?」
「そこまではさすがにわからないかなー……でも一人でいるのが多いのは確かだよ」
もしかしたら有馬さんは自分から話すのが苦手なんだろうか?
あるいは私が中学時代に相槌を打ちながら過ごしていた時のように問題を抱えているのだろうか?
それならば私が千奈ちゃんと仲良くなれたように、悩みが解消されれば有馬さんとも仲良くなれるのかな。
「あ、でも紗輝とよく話してるところよく見てた気がする」
「え……」
「というか、あたしもあんまり知らないんだけどねー」
なんだろう……またあのモヤモヤが……。
「あぁぁぁぁぁーーーーー!!」
「えぇ!? 綾乃ちゃんどうしたの!?」
想像するだけでこんな気持ちになるなんて、私はどうかしてしまったのだろうか……。
とりあえずわかっていることは有馬さんが原因だということくらいだろう。
さすがに千奈ちゃんの時みたいに後をつけて行ったら今以上に険悪な空気になりそうだし……。
「うぅーん……」
「な、なんか今日の綾乃ちゃん情緒不安定だね……」
「ダメだ……考えれば考えるほどよくわからなくなってきた」
「よくわからないけど、そろそろ千奈ちゃんも帰ってきそうだし、帰る準備しよう?」
言われて気づく。
確かに千奈ちゃんがどこにもいない。
家のお手伝いとかでたまにすぐに帰ってしまう時があるけど、今日はそうではなかったらしい。
「あれ? もしかして千奈ちゃん私にそのこと言ってた?」
「うん。綾乃ちゃん心ここにあらずって感じで生返事で返してたみたいだけどねー」
それは千奈ちゃんに悪いことをしたかな。
あとで謝っておこう。
「ちなみに姫城君と桜田君は?」
「二人はなんか計画立てるから先に帰るって」
「計画? 何のこと?」
「さぁ? なんか夏休みに講習がどうとか言ってたけど」
夏休み?
予定表では7月後半だからだいぶあとな気がするけどもう何かやる予定を立ててるのかな。
というより、二人の成績は悪くないはずなんだけど成績アップでも狙ってるのだろうか。
そう考えていた時、扉が開かれ、教室に千奈ちゃんが入ってくる。
「あ、待たせちゃったかな?」
「ううん。なんか私今日ぼーっとしてたみたいだから時間の感覚が全くなかったよ」
「あたし、綾乃ちゃんに対して不安感が拭えなくなってきたよ……」
そんな会話をしながら教室を後にした。
下駄箱から校舎を出ると、辺りが少し薄暗く感じる。
空を見てみると、何やら曇り気味であり、今にも降り出しそうな感じだ。
「なんか雨降りそうだねー」
「そ、そろそろ梅雨の時期だもんね」
「微かに雨のにおいがするし、早めに帰った方がいいかも」
私たちは少し早足でまっすぐ帰宅した。
そして家に入って自分の部屋から外を見る。
ぽつぽつと雨が降り出し、やがて道路に水たまりを作っていた。
そしてなんとなく、この天気が私の心を表しているような気がした。
―――
翌日も雨は止まず、降り続けていた。
その影響により、体育がグラウンドではなく体育館へと変更になっていた。
「雨っていやだよね、思いっきり外で走れないから」
「あはは、綾乃ちゃんらしいね」
ちなみに今日は体育館を男子と女子で半分ずつ使用し、それぞれ女子はバレー、男子はバスケを行っている。
もちろん体育館でしかできないような競技も好きだけど、結局私は走ることが一番好きらしい。
「まあそれはそれとして……」
今日のバレーのメンバーは女子3チームで作られている。
2チームがゲームを行い、勝敗にかかわらずゲームが終了したらローテーションで余った1チームと交代し、ゲームを行っていないチームは休憩という形をとっている。
今は私のチームは休憩中であり、左隣には梓ちゃん、千奈ちゃんはみなちゃん先生のお手伝いに行ったという。
うちのクラスの女子は全部で15人なので基本的には仲のいいグループで固まっているのだが、私のチームは私と梓ちゃん、千奈ちゃん。
そして有馬さんと能登さんだった。
能登千里さんは梓ちゃんから聞いた話だと、間柄はよくわからないが一番有馬さんと話している友人?ということらしい。
「ねぇねぇ」
「……え?」
そして今まさにその能登さんが話しかけてきていた。
「金森さん、なっちゃんと何かあったでしょ?」
「なっちゃん? あ、有馬さんか……うん」
「やっぱり。なっちゃんがあんなムスッとしてるの珍しいんだよ?」
そ、そうなのだろうか。
というより、失礼かもしれないけどいつもと変わらない気がするんだけどなぁ……。
「あ、そうだ。それより聞きたいことがあったんだけど、高垣さんってどうなのかなって。いろいろ噂とかあったけど」
「噂なんて当てにならないよ。千奈ちゃん、いい子だよ。人と話すと緊張して顔強張っちゃうけど」
「ははっ。金森さんたち仲良さそうだったからもしかしたらと思ったけど、じゃあ話しかけてみようかな」
「千奈ちゃんはいい子だよー。あたしも最初こわい人だと思ってたけどねー」
そこでハッと気づく。
能登さんってもしかして千奈ちゃんと仲良くなりたいのかな?
「でも、なんで急に千奈ちゃんを?」
「別に急にじゃないんだけど、どことなくなっちゃんに似てるなって思ってて」
「え? それってどういう……」
そう聞こうと思ったタイミングで交代となり、結局そのあとの話は聞けなかった。
昼休み。
クラスのみんなは各々お弁当を食べ始めたり、お昼ご飯を求めて購買や学食へ向かったりしていた。
私もお弁当を取り出そうとするが、鞄の中にお弁当が見つからない。
「……お弁当忘れた」
多分私のお弁当は今頃リビングのテーブルの上辺りだろうか。
「あ、綾乃ちゃん。わたしも飲み物買いについていくよ」
「あたしも特に買う予定はないけどついていくー」
こうしてみんなで仲良く購買へと向かうのだった。
購買に着くと、そこには生徒が溢れかえっていた。
「うわぁ、人多いなぁ」
「あ、金森さん、やっはろー」
目の前に能登さんがいた。
財布を持っているところを見ると、どうやら彼女も購買でパンを買いに来たらしい。
「すっごいフレンドリー! 千里ちゃんって呼んでいい?」
「うんうん。せんちゃんとか呼んで。私もあやっちって呼ぶから」
「二人ともすごい仲良くなってるねー」
確かに。
あだ名っぽく呼ばれたことで特にそう感じられるかもしれない。
「それじゃあ、佐野さんは梓だからはあーちゃんで、高垣さんはちなっちってこれから呼ぶね!」
「うん。いいよー」
梓ちゃんはそう答えているのに対し、千奈ちゃんはガチガチになっていた。
「よ、よろしく……」
「千奈ちゃん! 眉間にしわが!」
「あ、ご、ごめんなさい!」
謝る千奈に対しても笑いながら大丈夫とフォローするせんちゃん。
「うん。あやっちの言った通りいい子だね」
「あ、順番来たみたいだよー」
梓ちゃんの言うとおり、順番が回ってきた。
購買には来たことがなかったため、何が売っているかはわからなかったけど、結構な種類のパンが並べられていた。
「私はコロッケパンと二色パンお願いしまーす。あやっちはどうする?」
「そうだねぇ……それじゃあ、焼きそばパンとカレーパンとホットドッグと卵サンドとクロワッサンとチョココロネとシナモンロールとアップルパイとマフィンと、あと最中ください!」
「お嬢ちゃんよく食べるねぇ……」
購買のおばちゃんが頼んだものを袋に詰め、お金を渡して商品を受け取る。
「すごい量だね……」
「それはあたしもいつも思うよー……」
「そ、それにしても、なんかせ、せんちゃんって綾乃ちゃんに似てるかも」
せんちゃんが私に?
千奈ちゃんがそう言っているが、なんかピンとこない。
「いや、私はこんなに食欲旺盛じゃないって」
「そ、そういうことじゃなくて、なんというか雰囲気が」
「あー、それわかるかもー」
似てる……のかな?
「うーん……」
「まあ、考えても仕方ないよねー」
「それもそうだね」
私たちは教室への帰り道を歩くのだった。
教室へ着くと、せんちゃんは『それじゃあいくね』とだけ言って有馬さんの元へと向かって行った。
私たちも席に着き、お昼を食べる。
「あ! このパンめっちゃおいしい!!」
「この学校の購買のパンは実際にパン屋さんから取り寄せてるみたい」
なるほど、それは美味しいはずだ。
そして数分ですべてのパンを食べ終わっていた。
「ふぅー、満足」
そう言いながら最中の袋を開封する。
「セリフと行動があってないよー」
そんな会話をしていると教室の扉から姫城君と桜田君が入ってくるのが見えた。
「あれ? 翔たち今日は遊びにいってないんだねー」
「さすがの俺たちもこの雨の中サッカーはしないぞ……」
「それに毎日遊びに行ってるわけじゃないからね」
「ん? というかめっちゃパンの袋あるけど……まあ、金森だろうな」
私の机に散りばめられたパンの袋を見て桜田君がそう言った。
……よく考えたらこれ、私の女子力が全くないように見えるのでは?
そう考えるとなんか恥ずかしくなってきたような。
「あはは、今日もいっぱい食べたんだね」
「……!! でも! めっちゃおいしかったんだよ!」
恥ずかしさからか少し顔が赤くなりながら綾乃はそう言う。
少し視線を横に向けると、有馬さんがこちらを見ていた。
特に気にする様子もなく有馬さんは視線を逸らし、窓の外に目線を向ける。
その視線の先ではまだ雨が降り続けているのだった。




