序章「入学式」
季節は春。金森綾乃は今日から晴れて高校一年生。
白いワイシャツを着て深緑色のスカートを履き、紅色のネクタイを締めて灰色のブレザーを羽織る。
時間通り家を出て、これから通う代宮高校の入学式に向かう……はずだったんだけど……。
「ここ……どこぉー……」
高校一年生の初日に道に迷ってしまっていた。
どこで道間違えたんだろう……。
そう考えながらスマホのマップアプリを開こうとするが、充電が切れていることに気づく。
最悪……なんでこんな日に迷ってしまったんだろう。
その理由を考えるが、自分の非力さが生んだことだと再度実感し、だんだん涙が出てきていた。
「……あのさ」
道に立ち尽くしていた綾乃にに対してか、後ろから声が聞こえた。
その声の主は綾乃の隣に着き、立ち止まる。
「代宮高校ならあっちだよ」
考えを見透かしたかのようにそう呟き、指を差す少年。
ちらっと少年の顔を見ると、目元にかからないくらいの前髪が風で揺れており、おとなしめな雰囲気を感じる。
また、よく見ると同じ代宮高校の制服を着ていることに気づいた。
「あ、ありがとう!」
手を振って綾乃は駆け出し、少し走った後で小声で呟く。
「名前、聞いておけばよかったかな」
駆け出した歩みを止めずその足は着実に宮代高校、これから通う学校へと向かっていった。
学校の校門を潜ると、少し先に生徒が賑わっているのがわかる。
間に合ったという安堵の直後、他の生徒は自分のクラスを探していることに気づいた。
綾乃も他の生徒同様に自分のクラスを急いで確認し、すぐに自分のクラスである『1-2』へと向かう。
途中、中庭を渡り廊下から見渡す。
「わあ……」
桜の木々に見とれてしまう。
中学時代に憧れていた高校生活。
そのきっかけはマンガやドラマという単純な理由だったが、こうして今私は高校生活を送ろうとしている。
これから学校生活はどうなるかな。
友達いっぱいできるかな。
きっと楽しいことが待ってる。
そんな想いを胸に馳せ、再度渡り廊下を歩み始めた。
階段を上り、1年教室が並ぶ廊下から『1-2』と書かれた教室を見つける。
それと同時に今日この学校の道を教えてくれた少年が『1-2』へ入っていくのが見えた。
同じクラス、なんだ。と綾乃はちょっとだけ嬉しくなり少し笑顔になる。
そしてそのあとを追うように教室へと入るのであった。
入学式はすぐに終わり、明日から授業を行う形となった。
早々と帰る人、中学時代の友人と会話をしている人。
そんな中でいきなり他の人に声を掛けるのは少し気恥ずかしい。
中学時代の知り合いも少しはいるけど、殆どは知らない人ばかり。
仲の良かった友達とも別の高校となり、1からのスタート状態。
友達を作るために何かきっかけでもつかめればと思っていると、綾乃の右隣に座っていたショートボブの髪型をした少女と目が合う。
「あ、えっと……私は金森綾乃です。よろしくお願いします!」
緊張しながら綾乃が話かけたが、その少女は何も答えずにこちらを見てワンテンポ遅れたタイミングで口を開いた。
「あたしは佐野梓っていいます。これからよろしくねー」
「佐野ちゃん。よろしくね!」
「梓でいいよ。あたしも綾乃ちゃんって呼ぶからー」
「うん! よろしくね梓ちゃん」
マイペースな子だなぁ、梓ちゃんって。と思いながら、早速友達ができたことを嬉しく思っていた。
初めての高校での友達……なんか新鮮。
「お、梓。さっそく友達か?」
挨拶を交わした後、梓の前の席から男子が梓に話しかける。
ぴょんぴょんとはねた髪(くせ毛かな?)が印象的で、朝に会った少年とは対照的で少し明るめな雰囲気を感じた。
「うん。そうだよー」
やり取りを見る限り二人は同じ中学校の友人かな?と感じている綾乃にその男子が向く。
「俺は桜田翔。こいつとは小学と中学一緒だったんだ。これからよろしくな」
「うん。よろしくね。桜田君」
「おう! ところで梓、紗輝知らない?」
「紗輝? うーん……」
紗輝という人物に関して考え込む梓だったが、結局居場所を知らないようだった。
「一緒に帰るから待っててって言っておいたんだけど……帰っちゃったかな」
「あいつならあり得なくないか……。じゃあもし残ってたらあれだし連絡だけ入れて俺たちも帰るか」
スマホを取りだし、操作し始める桜田。それが終わるとスマホをズボンのポケットにしまい教室の扉の方へと歩き出す。
「綾乃ちゃーん。帰るよー」
棒立ちになってた綾乃を呼ぶ梓。それに対して綾乃は
「……うん! 今いく!」
そう答えて教室の扉から出るのであった。
帰り道の途中。
どうやら梓と桜田の帰り道は綾乃と途中まで同じらしい。
「そうだ。綾乃ちゃん連絡先教えてー」
「あ、俺も俺もー」
「うん。ちょっと待ってね」
綾乃はスマホを取り出そうと鞄に手を突っ込んで探る。
「……あれ?」
鞄に入れていたスマホがないことに気づく。
確かに鞄の中に入れたはず……そう思い鞄の中を漁り始めるが、やはりスマホがないことを確信する。
鞄にスマホを入れたのはいつだったかと考え、それが教室だったことを思い出して急いで駆け出した。
「ごめん! ちょっと忘れ物しちゃったから連絡先明日交換しよ!」
「うん。あたしたち待ってる?」
「大丈夫! 先に帰ってて!」
それだけ伝え、綾乃は再度学校への道を辿る。
そういえば丁度そこであの人に会ったんだよね。
朝の少年のことを思い出して気づく。
まだお礼も言えてないなぁ、と。
学校へ戻り、校舎へ入る。
すでに残っている生徒は少なく、帰宅する生徒がほとんどだった。
しばらく歩いて『1-2』へ到着し、教室の扉を開くと同時に教室の中に誰かがいることに気づいた。
その人物がいる窓際に近づくと、綾乃の気配を感じたのか振り返る。
「あっ……」
朝の少年がそこにいた。
「君は……えっと」
言葉に詰まっている理由は綾乃が名前を言っていないことと気づき、急いで口を開く。
「わ、私は金森綾乃」
「……金森さん。朝道に迷ってた子だよね? 俺は……姫城、です」
その少年は名前を言わず姫城と苗字だけを名乗った。
「うん。朝はありがとね。おかげで遅刻せずに済んだよ」
「それはよかった。ところでこれ、金森さんのじゃないかな?」
姫城の手には綾乃の探していたスマホが握られていた。
「これどこにあったの!? というかなんで私のだってわかったの?」
「そこに落ちてたよ。朝会った時に同じようなの持ってたことを覚えてたから金森さんのかなって」
綾乃の机付近を指さし、質問に答える姫城。
「とにかくありがとう! 今日だけで二回も助けられちゃったね……」
「どういたしまして」
そう言い、姫城は少し笑みを浮かべる。
綾乃はそれを見て少し赤面し、なぜか姫城から目を離すことができなかった。
「それにしても翔のやつ遅いな……」
「え?」
綾乃は翔という名に聞き覚えがあり、それが先ほど一緒に下校していた桜田翔であることを思い出す。
「もしかして桜田君のこと?」
「え?知ってるの?」
桜田の知り合いということを知り、綾乃は一つの結論に至る。
「もしかして桜田君の言ってた紗輝っていう人って」
「……うん。俺だよ」
姫城紗輝、綾乃はその名前を聞き
「いい名前だね」
そう答えた。
その時の姫城の表情は少し長めの髪で遮られて綾乃からはよく見えなかったが、綾乃は続けて言葉を発する。
「そういえば桜田君さっき先に帰るって連絡したって……」
「あ、あー……実は今日スマホ忘れちゃって」
どうやらスマホを忘れてたせいで入れ違いになってしまっていたらしい。
「それなら私、連絡しておくよ!」
と言いスマホを取り出すが、充電がないことに気づく。
そもそもこれがなければ朝にあんなに急ぐ必要もなかったんだよね……と思い返す。
「……充電なかったんだった」
それを見ていた姫城はふふっと声を出し笑いをこらえているようだった。
「ごめん……ふふっ」
「あー、また笑った!」
再度笑い出す姫城と恥ずかしがる綾乃。しばらくそれを続けた後
「それじゃ、一緒に帰ろうか」
「……うん!」
二人は帰路に着く。
これから3年間、綾乃たちが通い続けるこの道を。