ゆびとそろばん
ある日の、お昼休みに、ゆびとそろばんが、長机の上の陽だまりで寛ぎながら、こんな話をしていました。
「おいらももうずいぶん前から、時代遅れだの、骨董品だの、嫌味を言われ続けてきたがね、こうやって、子供にも大人にも、使われ続けているところを見ると、まあ、おいらの事を悪く言ってた連中こそ、見当違いだったって事だろうね。」
「そうでしょうね。この教室も、けっこう繁盛しているようですし。」
「そうそう。そろばんはね、指先を使うからね、右脳に良いらしいよ。若い人は、判断力が身に付くし、大人は、年をとっても、惚けないんだって。みんな言ってるよ。それなのにね、悪く言う連中にかぎって、『もうみんな、そろばんなんか使ってないでしょう。』なんて言うんだ。おいおい、もっとよく見ろよ。お前さんが知らないだけだろう。お前さんの知っているみんなは、本当のみんなじゃないだろう。」
「ここではみんな、そろばんを使ってますからね。」ゆびは、前方に並んだ長机の上に置かれた、大小さまざまなそろばんたちを見渡しました。
「そうよ。おいらは、間違った事は言わないよ。筋の通った事だけを言うんだからね。まあ、連中の言いたい事も、分かるよ。確かに、電卓がありゃあ、大抵の計算には事足りるさ。でもね、だからといって、そろばんをお払い箱にする権利なんか、連中にはないんだからね。」
「そうですよ。電卓には電卓の、そろばんにはそろばんの、良さがあるんですからね。」
「うん。」そろばんは、嬉しさに右端の玉を一つぱちんとはじきました。
「おっと、先生が戻って来たぞ。」
ゆびやそろばんと同じように、がやがやおしゃべりをしていた、大人や子供の生徒たちが、「やあ、お待たせ。」と言いながら用事から戻って来た先生を、「お帰りなさい。」と言いながらわきへよけて、教室の奥へ通しました。
「ええと、じゃあ、始めますよ。用意は良いですか。」
先生は、教本を開いて、みんなが落ち着くのを待ってから、
「願いましては、三円なり、六円なり、二円なり、ひいて四円なり、五円なり、くわえて八円では。」と大きな声で問題を読み上げました。
先生の声に合わせて、教室にはパチパチと、そろばんをはじく音が響きました。
あれ、先ほどのそろばんは、机の陰で、指折り数を数えるゆびを、口をへの字に曲げて、見下ろしています。
先生が、気が付いて、そのゆびを、のぞき込むと、「あら、そろばんで計算しなきゃ、だめだよ。」と言いました。
ゆびで数えていた子供は、ばつが悪そうに、先生を見上げて、「指で数えた方が、早いもん。」と言いました。
「せっかく、おじいさんから立派なそろばんを、頂いたんじゃないの。だんだん、上手くなったら、指で数えるより、早くなるよ。さ、やってみよう。」
先生にうながされて、子供は仕方なさそうにそろばんを持ちました。
ゆびは、顔を真っ赤にしながら、「ええ、ええ、これからですよ。」と、おずおずそろばんに耳打ちしました。
完