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二話 紅に染まる街並み

「報告が遅いと思って来てみたら、土遊びとはな、(あか)ずきん。お前にしては子供らしい」


 男は、一心不乱に穴を掘る紅ずきんの後ろから語り掛けた。闇の中、うっすらと浮き上がっているようなその姿は、全身を皮の服で包み込み、つばの狭い三角帽子を被った、大柄な男である。口周りを鼻ごと布で覆っており、徹底的に全身を晒さない気であるようだった。


 比較対象は悪いものの、紅ずきんよりも頭三つ分強の大きさである。おおよそ、大男と言っていい分類だ。顔は、帽子のつばが作る影に入って見えないが、鋭い眼光は青色に光っていた。


 あまりにも不気味な男に、しばらくの間、少女は何も返さなかった。そのまま穴を掘り終えてショベルを投げ捨て、その穴へ祖母の亡骸(なきがら)をそっと入れるまでは。


「黙れよ、猟師。……世話んなった人のぐらい、弔ってやりてえってのが、人情ってもんだろ」

「それにしては、随分多いな、世話になった奴の墓が。……殆どは関係のない村人だろう。お前が掘ったのか?」


 紅ずきんはまたしても答えなくなった。少女の周りには、幾分か不恰好な墓が、ちょうど十ほどあった。偶然にして、獣に殺され、食らわれても、形が残っていた者たちの墓だった。


 他は遺体すらなかったためか、記念碑のようにして一緒くたに墓を建てられている。そのすべてが、猟師と呼ばれた男の言った通り、紅ずきんが作ったものであった。


「人情は捨てろ。狩人はすべての獣を狩らなければならないのだから、時間をかけているだけ無駄だ」

「黙れ。これが、俺の狩人としての流儀で、弔いで、けじめだ」


 紅ずきんはそういって猟師を黙らせると、再びショベルを手を取って、ゆっくりと土をかけ始めた。しかし、如何せん少女のか細い手では、ショベルを素早くは動かせない。


 ゆっくりと動かしているのではなく、ゆっくりしか動かせないのだ。五分経っても、墓穴の半分も埋まらない。銀の質のいい懐中時計を手に待っていた猟師が、苛立ったように紅ずきんの手からショベルを奪い取って土を穴にかけ始めた。


 伊達に大柄ではなく、少女の何倍よりも早く墓穴を埋めて行き、今度は五分で墓が埋まった。


 唐突にショベルを奪い取られ呆然としていた紅ずきんだが、ハッと我に返って墓標を立て始めた。


 墓標とはいうものの、木で十字を組む、非常に簡素な物である。刻まるべき名も、供えられるべき花もない始末であり、少しばかり口惜しかった。そこで少女は、適当な花を取ってきて供えようと森に入った。


 既に故人である、村の花売りの物を取ってきて供えようかと思ったが、盗品を供えるのは、さしもの紅ずきんにも気が引けた。それなら、野花の方がずっとましに思えたのだ。




 紅ずきんが森から小さな野花をいくつか取ってくると、粗末極まり無かった墓標に、とって着た花を添えた。何とも寂しい墓標であったが、祖母は許してくれるだろうか、と益もない事を考えながら、紅ずきんはスカートについた土を無造作に払って猟師の方へと向き直った。


「気は済んだか」


 適当な木にもたれかかっていた猟師が、紅ずきんへと問いかける。少女は頷いて、ああ、と胡乱気に呟いた。


「……人食いが四、唯の獣が四だった。いくらなんでも多すぎる。たぶん、狩人食いがどこかにいる」


 その報告を聞き、猟師は少し俯き、顎に手を当てる仕草をした。なにやら考え込んでいるようだった。その間、紅ずきんは自分の服を正しながら返答を待っていた。


「他の狩人も、同じ意見を持っている奴が多い。最近、辺境の寒村の方ですら何匹といるのが当たり前になってきてやがる。一番獣が少なかった、ヨルーフェ村もそうだ。何かがおかしい」


 獣は、昔から――つまり、獣が現れ始めたとされる二百二十年前から、一切の謎が明かされていない。


 何故人を食らい、その力を得る事ができるのか。繁殖はどうしているのか。どういう生態なのか。どうやって、人間に絶対に察知されずに動けるのか。それらの、動物としての情報が著しく存在しない。


 また、数少ない情報から考えようにも、全体的な種類が多過ぎる。狼が二足歩行をした様な姿のもの、凄まじく筋力の高い熊の様な物、地を這うカラスや、羊や豚に似た獣も存在する。中には、火を吐く物すらも存在する。


 不確定な事が多すぎ、それらを特定する術はない。個体ずつでバラバラの特性を持っており、しかし同一の種族であるという証拠がある。ありとあらゆる意味で不可解な生物、どう呼べば良かったか分からなかった古代の人間達は、それらをこう呼んだ。


 "獣"と。


 紅ずきんにとって、どこを撃てば死ぬか、どこを刺せば死ぬかさえ分かれば殺せるのだからどうでもいいことだった。しかし、少なくとも異常事態に関して眉を顰める程度には、その異常の程度を知っていた。


「その勢いだと、中央は五百超えてるんじゃないのか?」

「おしいな、確認された限りだと千二百だ。召集が掛かってる。……用事が済んだんなら、さっさと行くぞ」


 どこがおしいんだ、と呟く紅ずきん。それを尻目に、猟師は歩き出した。あまりに遠慮のない大きな歩幅に、あわてて紅ずきんもそれに追従する。


 紅ずきんは、最後に祖母の墓をもう一度だけ振り返った。しかし、また猟師の背を追いかけ始めると、二度とは振り返らなかった。




 中央の夜は長い、という話がある。辺境からきた者達が、軒並みそう感じるというちょっとした噂話である。


 中央都市(セントラル)と呼ばれるそこは、ここら一体の文化の交差点だ。東西南北のそれぞれの村から運ばれてきた食材や鉄鋼、武器や装飾品の類などが商われる。技術や文化も、その商いに伴って広まっていったものだ。


 北の国(ノース)の鉄鋼加工技術、そして金属信仰の文化。南の国の豊富な食材と、自然信仰の文化。その他、東西の国の文化や技術、物資など、様々な物が融合した混沌の町である。


 そこへの道中、紅ずきんは、おおよそ数え切れないほどの有象無象の獣達に襲われた。百まではしっかり数えていたが、銃弾が無くなって行くにつれ数える余裕がなく、ブーツの仕込み刃と、ドレスの袖に隠していたやや刃渡りの長いナイフで戦っていた為、百五十を越えたあたりで、もう数えるのをやめた。


 どうがんばっても一撃で一体しかしとめられない紅ずきんと違い、猟師は大型の鉈のようなものを振り回し三、四体の獣を一斉に狩っていた。無論、相当の膂力を必要とするため、それも楽ではなかったのだが。


 それでも、処理するスピードが速いのは利点だ。紅ずきんは、その攻撃の間をすり抜けてこようとする獣を狩った。




 二人は体力が尽きる前に、なんとか中央都市の防壁前までたどりつく事が出来た。人里近くには生息していても、何故か獣は人里には入ってこない。正確に言うなら、白昼堂々と進入しようとする事は絶対にしない。まるで人の、獣に対する恐怖を駆り立てるかのように、潜入しかして来ないのだ。獣は。


 二人は真っ赤に染まった獣狩りの装束――返り血を弾く為だけの、ただの皮の外套――を投げ捨て燃やす。


 獣の血は、新たな獣を呼び寄せる。そんな古くさい伝統に基づいた行為だった。獣の血は、皮の燃える臭いとあいまって、酷く臭うが、油並みに燃え易かった為、処分は簡単だった。


「ようやくついたな。……何匹狩った? 報告するのも面倒くさい」

「知らねぇ。二百以上ってとこだろ? 数えてねぇよ」


 二人がそんな会話を交わしながら、城壁内に入って行く。門番はいたが、二人が山羊の頭を模した形の狩人証を見せれば、何も聞かずに小門の鍵を開けた。随分と疲弊している様子だった。


 その様子に首を傾げあっていた二人は、城壁の中に入って愕然とした。


 血飛沫で石畳が汚れ、一部が崩れたり、死体が転がっている、そんな光景が広がっていたからだ。中には、臓物を吐き出して死んでいたり、体を上下に引き裂かれて死んでいる、異様な死体もあった。


 そこには、紅ずきんと猟師が知っていた賑やかな中央都市とはかけ離れた、血みどろの地獄ばかりが広がっていたのである。

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