第1話
「怖い・・・・怖いよぉ・・・まじ怖いんですけど!」
心の中で呟く、否、叫んでいる私。
目の前では小柄な男の先生。
低い声が、シンとした、緊張感のある教室の中で響く。
それは中学の入学式だった。
うちの地元の中学校の入学式は、殆どが午後のお昼を過ぎた時間帯から始まる。
母の車に乗りながら、卸したての真新しい制服を見る。
車の窓には青く綺麗な空。
そして、真新しい制服に身を包む自分。
私は事情があって学区外からこの中学へ進学することになった。
事情というのも、ただ単に、自分が通う筈の中学が遠い。
それだけのことなのだ。
仲の良い友達と離れるのは少々残念だったが、この中学へ通うことにした。
この中学での知り合いは数人しか居ない。
元は同じ小学校の友達だ。
母は、
「あんたのことだから、なんやかんやで大丈夫よ。
友達くらい作れる作れる!」
なんて、本当に他人事だ。
思わず、「本当に母親なの?」と問いたくなるものだ。
車を降りる。
小学校の時、同じクラスだった友達に会う。
母は「あらァ〜、こんにちはァ〜!」
なんて、独特の語尾の長さが気になるが世間話をしている。
友達に話し掛けられる。
「小春!同じクラスだといいね!!」
この子の名前は『稲場早紀』
因みに私の名前は「桜井小春」ちゃんと覚えておくよーに!
「そうだね!早紀と絶対一緒のクラスがいいなぁ〜」
こんなの嘘だ。
別にこの子と一緒のクラスなんてならなくてもいいのだ。
まぁ、子供ながらの気遣いといいますか、一般的な御世辞?
駆け足で玄関前に貼られているクラス表を見る。
あ、あった。
10秒で見つけられた。
もっとスリルを味わいたいですよね、ホントにもー。
教室は4階。
土地が傾いているだとかで、よくわからないけれど階段の数が異常に多い。
最低でも1年間、4階に行くにはこの階段を登らなければならないと思うと、やはり溜息が出た。
早紀とは別のクラスだが、私が1組で早紀が2組。
体育の授業では合同らしい。
他愛もない話をしながら、互いに自分の教室の前で少しニヤつきながら目を合わせた。
我ながら、やっぱり未だ子供染みてるところがあるんだな、と思いながらも教室へ入る。
ガラッ!
と、勢いよくドアを開けてしまった。
少なからずだがドア付近の席の男子が此方を見る。
近くの席同士の者は、「あいつ誰だ?」みたいな顔を向けてくる。
私の席は、どうやら真ん中の1番前らしい。
名札を取りに行くべく、目の前の先生に話し掛ける。
「あのー・・・」
「ん?」
小柄な男の先生。
「ん?」という言葉を聴いただけで、結構声の低い先生なんだな、と、すぐわかった。
今まで保育園から小学校を卒業するまで、私は1度も担任の先生が男になったことはない。
だから少し男が苦手だ。
父は単身赴任で居ないし、兄弟も居ない。祖父は、母方にも父方にも居ない。
「な・・・なふだ、いいですか?」
「おお。名前は?」
「桜井・・・です。」
「下。」
は?
名札って、苗字だけでしょ?
何この人。なんて思いながら黙ってしまった。
「いいから。下の名前!」
結構強く言われた。
怖い。
「こ・・・っ、小春・・・です!」
「ほい。」
それだけ?!
・・・それから席に座る。何か視線を感じる。
そう、目の前に居る変な男だ。
咳払いがまた怖い。
そして見られている!
「怖い・・・・怖いよぉ・・・まじ怖いんですけど!」
私は小刻みに震えながら、心の中で叫んでいた。