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入学

都会の真ん中。高層のオフィスビルが立ち並ぶ一画。それらに負けないくらいの近代的な鏡張りの10階建てのビルは、平日の午前10時前頃から、人の入りが激しくなる。多くは10代後半の若者たちだが、混ざって、背広のサラリーマン風の男性や、夜のキャバ嬢みたくしっかりメイクをした女性、定年を迎えて趣味捜しをしているような年配者も見かける。初めてここを通る人は、何かの専門学校のように思うだろう。確かに、学校には違いない。だが、ここを高校とは思うまい。それも、公立の高校なのだ。そして、そこに入っていく人たちは皆、授業を受けに来る現役高校生なのである。その人も、あの人も。



ここは単位制高校。昼間の定時制高校と解釈している人も多い。昼間と言っても、夜も授業が行われている。1時限目の始業は10時。最後の8時限目の終業は21時という。その後、閉校時刻の22時まで、どこかしら教室の電気は点いている。社会人も通う高校ならではの夜間授業だ。私立のそういう方式の高校は見かけることも多くなってきたが、公立のそれは、かなり珍しい。もちろん志望する受験生も色々いるわけだ。働きながら高校に行きたい者、普通の高校が内申点で入りにくい者、人とあまり関わらずに高校に通いたい者、校則がないのに惹かれた者。定時制の授業料で高校を選んだ者。この高校は、中学時代に不登校などにより、内申点が低い者にとってはハードルは低い。だが、決して、偏差値は低くない。むしろ高い。そして、昨今では、倍率30倍の難しさになっている。

変人、もとい、個性的すぎる面々が結構な確率で集まるこの学校の前に、ひとつ誓いを立てて、入学式を迎えた私、佐伯好仔。今日から、高校生になります。



入学式、男子も女子もスーツ姿が多いので、さながら入社式のようだった。式の中で印象に残ったことは、校長先生の祝辞だった。眠くなるだろうと踏んで、耳を背ける生徒も多そうだが、新入生は少し違った。校長先生の放った「自由」という言葉。それを各々に考え始めているようだ。

ここ、市立虹ノ城高等学校のキーワードは「自由」だ。

決まった制服、校則はない。しかし、校則がないと云うことは、結構難しい。何をしても許されるのではない。自分の中で、校則、秩序、常識を構築するのだという。社会人になれば、出来て当たり前と言われることを、ここでは、自分で一から組み立てる。それも中学を出て間もない彼らがだ。自分勝手な常識の上で、何か問題が起これば、それは然るべき処罰が下る。それも、大人と云われる学校の外の世界となんら変わらない。ここに席を置く生徒は、きっと一早く大人を実感する。まだまだ子供の彼らが、大人の世界に投げ込まれた感覚になり、葛藤していく。自由とは、葛藤の連続だ。自由は楽しいものではない。雁字搦めの中から自由になりたいと皆が思うだろうが、いざ自由に解き放たれると、束縛の世界が羨ましくなるくらい、己の存在理由を考えざる負えなくなってしまう。自由すぎるが故に、この高校は中退者も多い。卒業まで3年間、考えすぎるほど、自分を見つめなければならない。


高卒に必要な履修科目以外の選択科目も多い。それらを自分で組み立て、自分でこなしていく。誰かが時間割を作ってくれているのではない。時間割を作る過程も自由だ。だから、生徒一人づつに、自分の時間割がある。出来るだけ多くの授業を受けたくて、朝から晩までびっしり時間割を作る者。1年生のうちに必修科目を多く入れて、次学年以降で楽をしようと云う者。単位ギリギリで構わないから、マイペースを保つ者。たくさん授業を入れるが、無理と判断すれば、単位を落とせば良い。単位を取る努力をするかも自由だ。今年度ダメなら次年度だって取ることは可能だ。選択科目なら、今年度単位を取得して、来年度また同じ科目を履修しても構わない。理数系なら、必修科目以外の選択科目を全て理数系で埋めても良い。文系ならそれも然り。そして、選択科目の中には、大学で教える内容の授業や、生涯学習の習い事のような授業もある。それらを選ぶのも、やはり自由だ。

高校は3年間で卒業という常識の枠も外される。虹ノ城では3年間は必修時間だが、その後3年間も在籍しても構わない。大概の生徒は大学受験などを視野に入れ始めると、やはり3年での卒業を目指すが、中には少し風変わりな生徒もいる。それも自由の成せるところだ。


私は式後のホームルームで、ドキドキの時間を過ごしていた。こういう教室という雰囲気が慣れない。小、中とほとんど不登校で通してきたため、初めての経験に近いので、本当に小学一年生の気分だ。周りが気になり、キョロキョロして、誰かと目が合いそうになると俯く。そんな風に時間を使ってしまう。今いる教室はホーム教室と呼ばれているが、ここで全ての授業を受けるわけではない。毎授業、移動するのだ。普段はホームルームも毎日あるわけではなく、玄関ロビーの電光掲示板でホームルーム有りと書いてあるときのみ、ここに同級生が集まる。同級生の顔を覚えても、なかなか名前と一致しないかも。同じクラスなのに、授業が同じとは限らないのだから。


先生が入ってきてホームルームが始まった。担任は林先生という中年の男性教諭で、少し頭が光り気味。先生の第一印象は、よく笑う先生。いつもにこにこしてる気がする。怒ったりもするのかな?国語科担当。副担任は森先生という若い女性教諭。若いだけあって人気が有りそうな先生。英語科担当。茶道部と軽音部の顧問もしているんだって。私は緑のコンビだなとクスリとした。内容は授業を受ける流れについて。予鈴がなれば、席に着いていること。先生が来て15分は遅刻扱い。それ以降に授業に来ても欠席扱い。結構厳しい。授業は1・2時限、3・4時限と2時限単位でくくられる。1限と1限の間に10分の休憩。休憩から戻ってこなければ、半限が欠席扱いとなる。私たちのクラスは夜間部となる。夜間部と言っても、昼間も授業は受けれるわけで。どちらかというと、中学とかの内申点が低いものが夜間部に振り分けられるらしい。なので、年齢も結構幅広い。夜間部は、夜食として、毎日パンと牛乳が支給されるんだって。ラッキー。

「この学校では、自分で活路を見出さなければならない。僕たちは授業は教えるけど、サポーターでしかないからね。でも、行き詰まったときは頼ってね。自分たちでわからないことは、周りの経験者に尋ねることも必要なんだよ。何事も経験だ。一見は百聞にしかず。これからを楽しんでね」ホームルーム中、少しも笑顔を崩すことなく、林先生は締めくくった。


先生たちが退出して、すぐに教室を出る生徒もいれば、少しでも仲間を作ろうと留まる生徒も居た。留まってはいるけれど、人を寄せ付けまいとして、ただ時間つぶしに周りの動向を伺う生徒も居たり。

私は行動派ではない。というより、ずっと対人恐怖症を孕んでいるから、自分から声をかけることは息苦しい。酸欠になるかも。だけど、ここに入学するにあたって「自分から行動する!」の誓いを初めから実行すべく、一大決心だ。誰に声をかけよう?どうやって話せばいいの?友だちを作るための教科書が欲しい。同級生の8割は男子。2割が女子。ただ、男子に話しかけることは難易度が高過ぎて無理だから、教室に留まっている女子は私を入れて6人。すでに3人はもう打ち解けていて、女子高生らしい話題で盛り上がっている。そこには入れる隙間が見つからない。あとは、2つ前の席の子と窓側1番前の子。どちらかといえば、前者の子の方が人を寄せ付けない雰囲気がない気がして、鞄はそのまま机に残して、足を進めた。頑張れ、私!

「えっと……佐伯好仔です」

雑巾を硬く絞るが如く、勇気を絞り出した。名乗っただけなのに、喉の奥がカラカラになりそう。笑顔は大丈夫かな?引きつっていないかな?だって、やっぱり、第一印象は絶対だと思うんだよ。

「柏田百合だよ。百合って呼んでね。」

絞り出した勇気は成功だ。 こんな些細なことで、これからの高校生活をうまく過ごせる自信がついた瞬間だった。そのあとは、自然の流れで自己紹介も進んだ。自分でも引きつってるだろうなと思っていた笑顔も、自然のそれに緩んでいた。百合ちゃんは、見るからに姉御肌な女の子だった。同い年だけど、しゃべり方もサバサバしてて、かえって気持ちがいい。本当にお姉ちゃんと呼びたいくらい。絶対に呼ばないでと言われちゃったけど。一通り喋って、2人で目配せして、もう一人の元へ。一番前の席だから、彼女は飯田さんのはず。出席をとっていた時に、苗字だけ覚えられた。飯田さんは、百合ちゃんに比べると、話しかけないでの空気を少し漂わせて、ずっと目線は窓の外だったけど、話しかけるのはもう私一人じゃなかったし、経験すると気持ちも強くなるらしい。それに、クラスの中でも特に美人だったので、気になっちゃったから。

「飯田さん、佐伯好仔って言います」

さっき絞り出した勇気は、まだ枯れていなかったよ。そして、今度は少しで足りた。笑顔も幾らかは自然だ。

「柏田百合よ。よろしくね」

あ、よろしくって付けるのか。慌てて、付け加える。飯田さんは、静かな空気の笑顔で「よろしく」と応えてくれた。私はもうどう話せばいいのか限界だった。けれど、代わりに百合ちゃんが話題を作って和ませてくれた。私はどれも嬉しくってにこにこで相槌をうっていた。私、聞き役と相槌を打つのは得意みたい。自分発見。飯田さんはどこか男っぽい、サバサバした人という印象。サバサバにも色々あるようで、2人もちょっと違う。どんな風かというと、女性的、男性的の違いかな。でも、2人とも私から見たら大人っぽい女子。黄色くもなくて、話し方も落ち着いているから、すごく居心地が良い。それは2人も同じ気持ちだったみたい。3人に特別な共通点はなかったけど、かえってそれが各々だから惹かれあっていた。飯田さんは私たちより一つ年上だった。


3人は連れだって教室を出ると、最寄りの駅まで一緒に下った。飯田さんは、地下鉄。私は私鉄。百合ちゃんはバスだった。違う場所から来て、同じ授業ばかりではないけれど、もうグループ化に成功。

「じゃあ、明日の休み時間、それぞれの授業を報告しよ」

百合ちゃんが提案する。

「飯田さんは英文読解、百合ちゃんは物理、私は古文だね。見事に別れてるね。」

「でも、その後の国語Ⅰは一緒よね。あと、体育Aも。」

「あー、イキナリ体育なんだ。更衣室どこだっけ?Aは男子も一緒よね、2年になると別々になるらしいけど。」

「うー、男子……。」

私が唸ると、2人が心配そうに覗いてきた。

「男子ダメ?」

「あまり男子そのものに接したことないから、苦手というか、よくわからない。」

「奴らは考えてることは単純なんだけどな。イキナリが多いから、行動が読めん。」

「このこはウブ過ぎて、恰好の餌食かも。」

「守ろう!」初めての友人2人の中で結託が生まれた。

3人とも3・4時限からの授業なので、午後からだ。昼は各自食べてから来るので、3・4時限が終わった後の休み時間から一緒。

明日も会えるのが、学校の友だちの良いところ。

「また明日ね。」

これから続いて行く関係が途を示している。

私はなんとかありがとうって伝えたくて、「また明日ね、ありがとう」と大きくてを振っていた。


夕暮れを見ながら、電車に揺られている。私の顔は緩みっぱなしだ。だって嬉し過ぎて。こんなにもスタートが上々だとは予想もしてなかった。小学校で止まっていた私が、大河を飛び越えたみたいだった。不安を抱き始めると止めどなくなるから、不安の種も知らんぷりするんだ。大丈夫。きっと大丈夫。


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