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歴史短編小説群

山中勘兵衛の逐電

作者: 塔野武衛



 応仁の乱が起こって以後、出雲国は半ば守護の存在しない国に成り果てている。出雲を治めるのは名門京極氏であるが、応仁の乱と前後して勃発した家督騒動が泥沼と化し、政情の変化によって立場が二転三転する状況になったせいで出雲に下向する暇がなくなってしまったのだ。

 出雲守護代は京極氏の係累に連なる出雲尼子家が務めていた。だが京極家の騒動が泥沼の様相を呈するを見るに及んで次第にその職務を怠り、独立を目論む動きを見せるようになる。

それを本格化させたのが、尼子経久という男だった。彼の父清定の代から既に始まっていた事ではあったが、主君京極政経の所領を横領し、更に反京極勢力を鎮圧した際に与えられた美保関代官職を悪用して公用銭上納を拒否した。この頃京極政経は家督を巡る京極高清との争いで劣勢を強いられている。明らかにそれを見極めた上での行動だった。

 だが近江での戦いに敗れ、再起を期すべく政経が出雲に乗り込んで来た事で一気に経久の立場は苦しいものになった。政経は幕命に基づいて出雲国人を結集し、尼子家の本拠月山富田城を攻撃させたのである。経久は決死の防戦によって月山富田城を死守した。だが大勢は既に決しており、出雲守護代職の返上と横領していた土地・財産の返納を条件とする降伏を余儀なくされた。

 しかし経久が守護代職を失ってから二年後の文明十八年七月、政経は再び上洛して高清との戦いに身を投じた。あくまで上方における京極の跡目争いを優先したのである。これは尼子経久失脚劇に手を貸した国人衆にとって甚だ困る事態だった。経久に再起と報復の機会を与えているに等しい行動だったからだ。

 そしてその反尼子派国人の一人、三沢為国の下に客人が訪れた。だがそれは招かれざる客だった。彼は尼子経久から逃れて来たと主張する若武者だったのである。




「三沢左衛門尉様におかれましては、面会をお許し頂き恐悦至極に存じます」

 山中勘兵衛と名乗る精悍な顔立ちの青年が、どこか激情を抑え込むように平伏する。

「経久と諍いを発したと聞き及んでおるが、まことか」

 為国の声には冷たさが混じっている。そこに歓迎の意志は見られない。それを知ってか知らずか、勘兵衛は熱の籠った口調で語り始める。

「それがし同輩と諍いの末に決闘に及び、これを斬り殺したのでございますが、かの者は経久の寵臣にして、経久めは一方的にそれがしを難詰致しました。元が喧嘩とは申せ、この決闘は互いに同意の上で為されたもの。それを両成敗ではなくそれがし一人に罪を押し付けようとするような主君には従えぬと思い定め、貴公の下に馳せ参じた次第」

「成程」

 為国はなおも冷たく言い捨てる。彼がここまで冷たい態度を取る理由は二つある。一つはこれが埋伏の毒ではあるまいかとの疑いから来るものであり、もう一つは彼を受け入れれば間違いなく尼子経久との関係が更に悪化するであろうという観測からだった。

(よりによってこんな時期に厄介事を……)

 上方から伝え聞く話では、既に京極政経の暗躍によって京極高清に対する反乱が勃発したという。恐らくそう遠くない内に直接干戈を交えるに違いない。そうなれば出雲における援助は一切期待出来ない。元々三沢家は独立志向が強い家ではあるが、利用出来るなら京極だろうと山名だろうと躊躇なく利用して来た。先の尼子攻撃もその一環として行ったものなのだ。それを今度は独力で対しなければならぬとすれば、対応には慎重を期さざるを得ない。

「家族は連れて参ったのか」

 この一見何気ない一言に、勘兵衛が鋭く反応する。その双眸に宿っていたのは明確な憎悪の炎であった。

「……その家族が問題だったのです。決闘によって相手を害する罪は我一人にあり、それがしが腹を切れば済む筈の話。ところが経久はそれがしのみならず妻や老いた母にも罪を及ぼすと宣告しました。それがしは妻と母を連れて逐電しようと致しましたが、時既に遅く二人は彼奴の手に落ちておりました」

 一気に吐き出し、ぷつりと言葉を切る。総身は怒りに震え、手が白くなるほど強く握り締められている。彼は数度深呼吸をして息を整え気持ちを落ち着け、ぽつりと呟くように、だがそれでいて決然たる調子で言った。

「武士の面目に賭けて、経久に報いをくれてやりたく存じます」

 為国は思わず顔をしかめた。面倒も極まれる話である。経久をしてそこまでさせるほどの男を抱えた日には、三沢と尼子との関係は修復不可能なまでに悪化するかも知れぬ。だが無闇に拒否する事も出来ない。もしここで拒否すれば、彼はこの場で割腹して果てるぐらいの事はやりかねない。武士の面目とはそうした意味を含めた言葉なのだ。後戻りする気はないという事である。それだけの覚悟を秘めた男を無碍に扱ったとなれば、三沢の名望は地に落ちよう。尼子に恐れをなしたというおまけつきで。

「……ひとまずそなたの身柄は預かる。尼子から引き渡しの要求が来ても応じないと約しよう。だが召し抱えるか否かはすぐには決められぬ。後日改めて話をする故、今は下がるがよい」

 勘兵衛は一瞬戸惑ったような表情になったが、すぐに深々と平伏した後、案内役に連れられて御前から去った。彼らの後姿が見えなくなったのを見計らい、為国は佩刀を腰から鞘ごと引き抜き、地面を二度叩いた。

「御用でございましょうか」

 天井裏から声が聞こえる。為国が情報収集専門に雇っている草の類である。

「今すぐ月山富田城に潜り込み、敵の内情を調べよ。特に山中勘兵衛の家族の実情についてだ。出来得るならば事件についての尼子家中の反応も探れ」

「御意」

 その返事を返すや否や、草の気配は掻き消えた。為国は刀を脇に置き、考え込むように腕を組んだ。




 その後草からもたらされた報告は、次の通りだった。決闘は間違いなく起こった事であり、それを知った経久は激怒。勘兵衛の逐電に前後して彼の家族を捕らえ、容赦のない拷問を加えて彼の居場所を吐かせようとしているという。経久の強硬な態度に、特に彼の次弟たる源四郎久幸などは眉をひそめているとの事だった。こうして裏を取ったからには、最早山中勘兵衛を拒否する大義名分は存在し得ない。為国は渋々ながら、彼を召し抱える事に決めた。

 それから二年の月日が経った。いつの頃からか出雲東部には『三沢家に山中勘兵衛あり』との噂が広まっていた。事案の大小を問わず忠勤に励み、合戦に及んでは真っ先に突撃する勇猛さを示したが故の名声だった。この間尼子との大規模な合戦はなかったが、それでも彼はどの戦いでもその勇を遺憾なく発揮して見せた。文字通り山中勘兵衛は、三沢家の為に身を粉にして熱心に働いたのである。

 そしてこの二年の間に、尼子家の力は着実に回復した。三沢家を筆頭とする国人への表立った攻撃を控えて富国強兵に勤しみ、徐々にではあるが守護代を務めていた時期のそれに戻りつつあった。

(このままでは遠からず報復の兵を挙げるに違いあるまい)

 為国は思案する。京極政経の要請に応じて真っ先に挙兵し、国人衆を纏め上げたのは三沢家である。当然経久にとっては復讐対象の筆頭に位置する。しかも山中勘兵衛を匿い、配下として召し抱えているとなれば、報復に備えるなと言う方が無理な話だ。だが真正面から立ち向かえば、勝つにせよ負けるにせよ大きな犠牲は避けられない。それは他の国人を利する結果になろう。

(勘兵衛を用いよう。奴なら月山富田城の地理に通じている。上手く行けば経久の寝首を掻く事も出来るやも知れぬ)

 当初彼を召し抱える事にすら難色を示していた為国も、今や重大な任務を与えようと考えるに至るまで勘兵衛を信任するようになっていた。そして実際、この任務を果たし得る人物は、尼子旧臣たる山中勘兵衛以外に存在しなかった。

 呼び出しを受けた勘兵衛は、感情の昂りを強いて抑えるように無表情を保っていた。家族がどんな扱いを受けているかはとうに聞かされている。経久に復讐の刃を突き立てる好機が遂に与えられたのだ。高揚と共に、絶対に失敗出来ぬという固い決心を表す態度と言えた。

「経久の弟たる尼子源四郎久幸様は、経久に強い不満と疑念を抱いておいでです」

 勘兵衛は淡々と語り出す。久幸は勘兵衛とその家族に対する処置の厳しさに反感を抱き、幾度となく兄を諌めたが及ばなかった。それでも辛うじて家族の命が助けられたのは久幸の配慮によるものであったとされる。それは為国の草が掴んだ情報とも一致していた。

 その上で勘兵衛はこう続けた。元々久幸は慎重な性格で、父や兄の推し進める性急な勢力拡大・独立志向には反対の立場を取っていた。だが聞き入れられる事はなく、その結果尼子は滅亡の瀬戸際に追い詰められてしまう。そして今回の事件。久幸はこれで兄の器量に見切りをつけた。尼子家を救うべく、密かに兄に対する叛逆の計画を練り始めたのだ。

「これをご覧下さい」

 勘兵衛は懐から書状を取り出す。為国は食い入るようにその中身を見た。それは尼子久幸直筆の書で、叛乱への加担を求める内容が認めてあった。もし勘兵衛が三沢家の兵を伴えば、内から呼応してこれを助けるであろうとも。

「殿もご存じとは思いますが、月山富田城は難攻不落。外からの攻撃では数倍する大軍を擁しても落とす事は出来ません。これを落とそうと思うなら、兵糧攻めか内応によるしかござらぬ。僭越ながら、源四郎様の計画に乗る形で進めるのが宜しかろうと愚考仕る」

 為国は頷き、久幸と交渉して計画の段取りをつけるよう勘兵衛に命じた。交渉は速やかに進められ、久幸が月山富田城を乗っ取った暁には尼子領の一部割譲を引き換えに三沢家と和を結び、今日に至る武断的対応を取り止める約定が交わされた。その確約を得た為国は、遂に勘兵衛に五百もの精兵を与えて送り出した。三沢と尼子、そして勘兵衛と経久の因縁に、決着が着けられる時が訪れた。




 城に至る闇の山道を、武装した集団が静かに登ってゆく。松明は最小限に留められ、先導する若武者の後に続く形で獣道を伝うのである。下手をすれば足を滑らせ落ちてしまいかねない。三沢為国が精鋭を遣わした所以だ。まずこの峻険な山岳そのものが、城を守る天然の砦と言えた。

 不意に山中勘兵衛が馬を止め、五百を数える精鋭達もぴたりと動きを止めた。見事な統率である。勘兵衛は馬首を返し、諸将に向き直った。

「貴殿らにはこの辺りでお留まり頂きたい。源四郎様と連絡を取れるのはそれがしのみ。ひと駆けして報告申し上げる次第。どうかそれがしが戻るまで構えて動かれませぬよう」

 そう言うなり、彼は城に目掛けて一目散に駆け出した。案内役が居なくなれば、この闇夜では待つ以外に選択肢がない。歴戦の兵達は素直に忠告に従い、束の間の休息を取り始めた。

 それを尻目に、勘兵衛は目的地に向けて急ぎ足で進む。既に馬で駆け登るには峻険に過ぎ、徒歩での強行軍だ。

「何者ぞ!」

 上から誰何の声が聞こえる。その若々しい声に、勘兵衛はすぐさま応えた。

「我は山中勘兵衛でござる! かねての手筈通りに参上仕った! 源四郎様に急ぎ目通り願いたい!」

「よし、参れ!」

 勘兵衛は馬を近くに繋ぎ止め、急ぎ山を駆け登った。そこには武装した集団が待ち構え、一際若い武者が堂々と床机に腰掛けていた。勘兵衛は片膝をついて跪く。

「首尾は」

「仰せ通り、軍勢を引き連れて参りました。後はそちらの下知次第」

「うむ」

 尼子源四郎久幸は満足気に頷き、床机から立ち上がる。それと入れ替わるように、陣幕の後ろ側から新たな人間が姿を現す。その姿を見て、久幸と勘兵衛は同時に平伏した。それは、二人が憎んで止まぬ筈の男の姿。

「策は成りました、兄上。どうぞご命令を」

 久幸が恭しく言上する。それを受けて、男は力強い声で命令を発した。

「全軍突撃せよ。三沢の郎党どもを悉く召し捕れい!」




 こうして月山に侵入した五百の精兵は、その多くが無念の討死を遂げた。全ては尼子経久と山中勘兵衛、そして尼子久幸の三者による共謀だった。勘兵衛が殺害した相手は元々死に値する罪を犯した者であり、家族の拷問も草の存在を承知した上で行った偽の行動だった。全てのお膳立てが整った段階で、用済みとなった草の者は速やかに処分している。一から十まで、三沢為国は完全に経久と勘兵衛の掌の上で踊らされていたのだ。

それを悔恨と共に噛み締めた時、既に彼は尼子に対し屈服せざるを得ない状況に追い込まれていた。一国人にとり、五百もの精鋭を失う事はそのまま滅亡に繋がりかねない大損害だ。その上疾風の如く居城を包囲されては、為国に抵抗する術などありはしなかった。

 かくて出雲東部に名だたる三沢家は尼子の傘下に入った。以後経久は徐々に出雲での地盤を固め、上方での跡目争いに敗れて再び出雲に下向した京極政経をして、出雲守護代への復帰を認めざるを得なくなるほどの勢力を築き上げた。それは後に十一ヶ国太守と呼ばれるに至る飛躍への、大きな第一歩だった。

 そして策を成功に導いた山中勘兵衛は無事に帰参を果たし、その後も尼子家に忠誠を尽くした。後に尼子再興軍の首謀者として毛利家に対し抵抗を貫いた山中鹿介幸盛は、彼の子孫として後世に伝えられている。




 本文で示唆しておいてこんな事を書くのには憚りがあるのですが、山中鹿介の正確な先祖が誰であるのかについては二つの系譜が存在するせいではっきりとはわかりません。そもそもこの山中勘兵衛自体が伝説上の存在とする説すらあります。

 一昔前、尼子経久は月山富田城を追われ、出雲からも退去しなければならなかったとされていました。その時活躍したのが同じ山中勘兵衛であるとも。しかし今では、守護代職を取り上げられただけで完全に没落はしていなかったと考えられています。

 ただ、尼子経久が挫折を味わい、慎重な対応を心掛けるようになったのは確かです。それがこの話を作り出す元になったのでしょう。どこまでが真実で、どこからが虚構か。それを断定する日がいつ訪れるかは、恐らく誰にもわかりません。

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