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幻惑のシャドウ

 柊 みかんは優雅なティータイムを楽しんでいた。


 学校の帰り道にある駅前のカフェは彼女の憩いの場だった。


 店内はクラシックが静かに鳴る、今は珍しい古風なカフェだった。カウンターでは少しやる気のなさそうな年配の店主が新聞を読んでいる。みかんの他に客はいない。


 外は雨。みかんこと「鏡の魔法使い マリカ」はひとり。テーブルについてほのかな甘い香りのするレモンティーを口に運んだ。


「ん」


 目を閉じて口の中に広がる甘さを楽しんで唇を離す。何も言わないがほうと彼女は安心したように息を吐いた。


 最近ひどいことがいっぱいあった。SNSではいまだ自分のファンアートが増産されているし、 この前の迷子になった新宿駅はまだ夢に出てくる。そして何よりも最近自分の上司である悪の皇帝の強大な計画をうっかりたたきつぶした。


「……スーパー・ジャスティス・ファイブめ」


 みかんは自分の宿敵のせいにしてからレモンティーを飲む。とにかく現実から逃避したかった。


 そこにからんからんと店の入り口の鈴が鳴る音がした。見れば黒いブレザーの制服に赤いリボンをつけた金髪の少女が入ってきた、店主はやる気がなさそうに「いらっしゃい」とだけ言った。


 彼女の眼もとは雨でぬれた髪で見えない。ただ、店内にいるみかんを見て、にこっと笑って手を小さく振ってきた。


「?」


 誰だろうとみかんは思った。自分の学校の制服とは違う。知り合いだろうかと思っていたら彼女は近づいてきた。そして分かった、髪の下から見えるのは猫科を思わせる鋭い眼だった。だがもう一度にっと笑う。


 彼女はこっそりという。


「となり、いい? 鏡の魔法使いマリカさん」


 いたずらっぽく笑う彼女は魔の四天王が一人、幻惑のシャドウだった。女子高生の姿は世を忍ぶ仮の姿だった。


☆


 世を忍ぶ仮の姿で幻惑のシャドウはモンブランを頼んた。黄色の栗がてっぺんに乗ったクリームたっぷりの特性モンブランを店主が運んでくるとおおおと彼女は目をキラキラさせた。紅茶はダージリンを頼んだ。


 小さなフォークで彼女はモンブランの掬ってぱくっと食べる。ふむふむとおいしそうに食べる姿にみかんは怪訝な顔をした。


 外の雨が店の窓をたたいている。


「それで、私に何の用かしら? シャドウ……いや、なんていえばいいの? その姿の時は」

「おお、僕はレオって呼んでよ。栗原 玲央(レオ) が人間としての僕の名前さ。君は柊 みかんちゃんだろ」

「ちゃんはやめて」

「ふーん、みかんちゃん」


 むっとしたみかんはシャドウことレオを見たが、彼女はにやにやとした顔でみかんを見ている。モンブランが少しついた小さなフォークをみかんに向けてにやりと笑った。


「これは秘密の情報だけどねスーパー・ジャスティス・ファイブを追っていったゴウライが負けた」

「……!??」


 『黒の太陽』という悪の皇帝の秘密兵器を壊したみかんだったが、四天王の一人ゴウライがスーパー・ジャスティス・ファイブの手のものが壊したと勘違いしたおかげでなんとかその場をやり過ごしていた、ゴウライはその後スーパー・ジャスティス・ファイブを追っていったのだ。そこで負けたのだろう。


 レオはみかんを観察していた。金髪の前髪が少し長い、彼女の片目を隠している。彼女の左右の色の違うオッドアイ。その片方の目、青い目がみかんを見ている。


「まあ、負けたといっても重症で倒れただけらしいけどね」


 レオが言うとみかんは胸をなでおろした、さすがに始末されていたら精神的にやばかった。しかし、レオが言う。


 ずいと体を乗り出して、レオはその両目にみかんを映しながら笑う。


「単刀直入に言うけどさ、『黒の太陽』を壊したの君だろ」

「…………」


 みかんはふうと息を吐いて、落ち着いてレモンティーを手に取って飲んだ。その胸の内は心底震えていた。しかし全力で彼女は平静を装っていた。優雅な所作でカップを置いていった。


「わけのわからない言いがかりね。私がそんなことをするわけないでしょう?」

「あの『黒の太陽』は魔力の糸で天井から吊るされていた。それを切断できるのは同じく魔力を持った者だけだ」

「そ、それで?」

「みんなが皇帝陛下をなだめているときに君はいきなり玉座の裏から現れたね」


 みかんは冷や汗が背中を伝うのが分かった。レオは楽しそうにいたぶるように笑う。


「なんで君はあんなところにいたのかにゃ?」


 レオは舌なめずりをして、上目遣いでみかんに聞いた。


 みかんは表情には出さなかった。ふっと余裕のある笑みを作った。


「ばかばかしい。私が杖で魔力の糸を切ったというの? あいにくだけど私はそこまで注意散漫じゃないわ」

「へえ、杖なんて僕は言ってないけど? そうやって切ったの」 

「……ま、魔力の糸を切るなら私の杖が必要だ、だから」

「声、震えているよ?」

「ふ。震えてないもん」


 はっとしてみかんは首を振った。それから顔を赤らめた。


 けらけらとレオは笑う。ぱちぱちと手をたたいて彼女は言った。


「ごめんごめん、別に僕は糾弾しようってんじゃないんだよ。君に手伝ってほしい仕事があってね。君の魔法でね」

「仕事?」

「そう。大きな声じゃ言えないけどね」


 レオはみかんの耳元に口寄せる。甘い声で言った。


「僕はね。この世界の美術品のすべてを壊してやろうと思うんだ」


 みかんが顔を上げた時、レオの表情は薄暗い店内のせいか黒く、黒に塗りつぶされたように見えた。ただその両目が光っていた。


「人間達が何かを美しいと思う心を壊してやろう。それを手伝ってくれるなら、正直別に君が本当にやったのかどうかはどうでもいいんだ」


 レオはみかんから離れて、白い歯を見せてにこっと笑った。屈託のない笑顔は無邪気な少女のものだった。ただ彼女は魔の四天王の一人なのだ。彼女はテーブルから立ち上がって背を向ける。


「というわけだから、また連絡をするよ。みかんちゃん。あ!」


 そうだそうだとレオはスマートフォンを取り出してみかんにRhine交換を求めた。みかんは不承不承にそれを受けて友達申請する。レオはそれを見てよしっと言って踵を返す。


「そんじゃ、ここの支払いはよろ!」

「え? あ!」


 レオは「ごちにゃ~」と言いながら店から出て行く。あっという間だった。からんからんと鈴の音だけが響いた。みかんははあとため息をついて会計をすることにした。彼女も立ち上がり、店の入り口のレジまで行く。古いレジは電子決済などは使えない現金のみだった。


 カウンターの店主は言った。


「3,400円ね」

「はあ!!??」


 へあああ? とみかんは伝票を見た。


「も、モンブラン1,600円??? 高!」


 今日一番彼女は動揺した。


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