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悪の魔法使い

 巨大な炎が天を焼いていた。


 みかんは自転車を止めてそれを見ている。東京ドームの上で爆発が起こり、あたりは騒然としていた。彼女はそれを見てまた、急いで自転車をこぐ。


 長い時間を自転車をこいで様々なことを思い出してしまう。


 息を切らして、東京ドームの爆発を多くの人たちがスマートフォンを片手に撮影している。みかんはその様子を見て自分の調子が狂ったのもスマートフォンでとられた動画からだったと思い出した。


(はあはあ)


 スーパー・ジャスティス・ファイブの前に颯爽と現れて宣戦布告をするだけのつもりが、ちょっとしたミスでこけてしまい、それが拡散した。そのうえ名誉挽回のために襲撃した銀行で本当に悪党と出会ってちょっとしたミスで改心させてしまった。


(はあはあ!)


 ブラック=サンも自分がぶっ壊したことでまわりまわって自我を持ってこんなことになった。そもそもの話が壊さなければ今頃世界は破滅してくれていたはずだ。あれもちょっとしたミスだったとみかんは思う。


 そのうえレオとの共謀で近くにいたレオをぶん殴って作戦は失敗した。バオウに至っては脱獄してくるだろうという軽く考えてたらむしろ襲撃してきた。


(ううう)


 涙が出てくる。


 みかんは、本当は東京ドームに行きたくない。


 彼女は悪の魔法使いなのである。サンの言った通り人間を助けるような理由なんてないはずだった。ストームのライブに行きたいという理由を必死に捻りだしたがサンが襲撃してくるのにライブもあったものじゃないのは彼女にもわかる。


「いいわけばかり……くそぉ!」


 全部……本当はわかっている。


 自分が『鏡の魔法使いマリカ』になった日。あの日に魔法を使ったときに悪を選んだ。それで納得をしていた。だが、レオとの闘いで過去の自分と向き合ってしまった日から何かが心に引っかかっている。


 みかんは一度自転車を止めてしまう。轟音が響くのは戦いの音だろうか。


「……はあはあ。…………これだけ派手に暴れていたらスーパー・ジャスティス・ファイブが来るんじゃないの……?」


 サンを止めるのはむしろ正義の味方の仕事なのではないだろうかと冷静になった彼女は思ってしまう。むしろサンを止めるのではなく、彼女の行う世界の破滅を助けることが悪にとって正しいのではないだろうか。そう思って足が止まってしまう。


「いや……行かなきゃ」


 みかんはそう呟いて向かい始める。何度も自問自答を繰り返してしまう。


 その時である!


「ぎゃあああ!!」

「わっ!?」


 みかんは突如飛び出してきた少年を跳ね飛ばした。少年は小柄で背が低い、彼は道端に倒れこんで動かない。みかんは口を開けて信じられないものを見る目をした。


「と、突然、と、と、飛び出してくるから、き、君大丈夫?」


 自転車から飛び降りてみかんは駆け寄る。金髪の少年は美しい顔立ちをしているが、白目をむいて哀れな顔で倒れていた。みかんはそれを揺さぶる。罪悪感で死にそうだった。悪の幹部に向いてない根拠が増えてしまった。


「だ、大丈夫。ねえ君」

「ど、どうしたんだイエロー! あ、いや違う」

「は?」


 振り返るとそこには一人の男が立っていた。赤毛の長身の男だった。彼も整った顔立ちの青年である。『イエロー』と呼んだ美少年を彼も揺さぶる。彼はコートを着ている。


「おい。大丈夫か? おい!」

「あ、あの」

「え? ああ、君は」


 赤い髪の男がみかんを見た。燃えるような赤い瞳だった。みかんはそれを見てなんとなくうっと下がった。何かを感じた。


「私、いきなり飛び出してきたらか跳ね飛ばしてしまって」

「……ま、まあ、事故は誰にでもあるよ。で、でも。こんな時に」


 彼が顔を上げる。東京ドームが燃えていた。みかんも焦りを覚える。ただ、それでも言った


「わ、私が救急車を呼びましょうか?」

「……ありがとう、だけど俺たちはいかないといけないから」

「どこに……?」


 青年は立ち上がる。彼はみかんの言葉には答えなかった。


「君は逃げるんだ。おそらく怪人が暴れているんだろう」

「あ、なたは?」

「……俺たちは心配ない。さあ、早く……」


 東京ドームで爆発が起こった。爆風があたりを包む。みかんは服と頭を抑えて身をかがめる。彼女はある予感があった。


(こいつ) 


 赤毛の青年を見た。


(まさか)


 倒れている金髪の美少年を見た。


(いや、こいつも)


 ある想像が脳裏によぎる。みかんは身をかがめたまま下を向いた。


「どうしたんだ、早く逃げないと」

「…………」


 うつむいたみかんの目が魔力を帯びる。


「私は、大丈夫ですから」

「……なら俺たちはいくよ」

「あの」

「?」


 みかんは顔を上げない。


「……怪人が出たなら、きっとスーパー・ジャスティス・ファイブが来てくれますよね」

「……ああ、必ず。来る」

「なんで来るの?」

「なんで……?」

「正義の味方ってなんでいつも自分から戦いに来るの?」


 みかんは聞いた。それをこの青年に聞きたかった。


「…………俺にはそれはわからない。だけど、もしもスーパー・ジャスティス・レッドがここにいたならいうかもしれない……悪がそこにいる限り人々のために戦うって」


 みかんは、その言葉を聞いて、激しくむかついた。これだけ人が悩んでるのにすごい単純な答えを言われて手に力がこもっていた。ぎゅうと両手を握りしめる。


「何か大きな理由とかないの?」

「……け、結構大きな理由だと思うけどな。そ、そうだな。怪人達を倒すのが俺…いや、スーパー・ジャスティス・ファイブに課せられた使命なんだよ」

「……でも、悪の怪人にだっていろいろとあると思いますけど……」


 そう言ったとき、赤毛の青年が答えた。


「……確かにそうだ」

「えっ」


 みかんは顔を上げた。


「悪と言われている怪人達と戦って分かったのはその中にももしかしたらいろんな事情があるのかもしれないと俺は思っている。あ、俺が戦ったんじゃなくて、スーパー・ジャスティス・ファイブが戦っているのを見たときに!」


(こいつ、嘘が下手)


 赤毛の青年は慌てながら言う。


「スーパー・ジャスティス・ファイブが悪と戦うのは怪人が憎いんじゃない。彼らのやろうとしていることをやらせないために戦うんだ。……君は『鏡の魔法使いマリカ』を知っているか?」

「え、まあ、その。はい」


 いきなり自分のことを言われたみかんは眼を泳がせながら頷いた。赤毛の青年は言った。


「彼女が初めて姿を現したときに目の前でこけて、かわいい声で倒れたときに俺は思ったんだ。もしかしたら悪の組織にも何かただ悪いことを考えているだけじゃないのじゃないか、理由があるんじゃないかと。実際彼女はそれからもなぜそんなことをするのかわからないが、悪人を更生させたり、火事から人を救ったりした」

「……ぅ。うう」

「な、なんでうなっているんだ……? でも、マリカという女の子がいたら話をしてみたいんだけど、……難しいだろうね。最近有名な天使の姿の彼女は別人だと思う、一度見たことがあるから俺にはわかる」

「…………」

「見たのは一度だけ、でもあの子は無理しているように見えた」

「無理をしている……?」

「ああ、なんだか無理に気取っているような。キャラを作っているような」

「!!」


 顔を赤くして唇をかむみかん。


(そんなことないもん!)


 赤毛の青年はみかんを見下ろす。優しい瞳だった。


「もしまた出会ったら……俺は、彼女を見たことがあるから、見間違えない」

「……!」


 みかんは彼を見返す。


「彼女も俺を見たらわかるだろう」

「……そう、ですね。きっと、見たことがあるなら」

「そうだろうね。俺は別人だし。君は通りがかりだ。だから好き勝手に言うけど、もしも『鏡の魔法使いマリカ』がいたらもう少し自分の心に正直になっていいんじゃないかと言ってやりたいね」


 赤毛の青年は歯を見せて笑った。みかんは小さく聞く。


「悪が自由にしていいって思うっておかしいじゃないの」

「さっきいっただろう。スーパー・ジャスティス・ファイブが止めるさ。どんな悪事も……絶対に成就させない」

「……」


 みかんは先ほどまでの葛藤を思った。


 この世界を滅ぶことを助けることが自分のやるべきことじゃないかということ。


 それをいろんな理由で否定し続けた。


 彼女は立ち上がった。スカートをぱんぱんとはたいてほこりを落とす。


 みかんはすっと思った。


 ――こんな終わりを私は望んでいない。


 ――ちょっとしたうっかりとかじゃなくて。


 ――あの私の格好をしたサンを止めたい。


 ふふとみかんは笑う。『悪』は自分の心が思うことをしたい。世界を破滅させるにしても世界征服をするにしても別の方法がいい。理由は何でもよい。だが、ちゃんと選ぶだけ。


 あの日に魔法の杖を使ったのはその道を選んだ。迷っても、どっちに行くか同じように選んで、それから進むだけ。悪に悩んでいる暇なんてない。


 みかんは言った。


「私も勝手な話だけど、もしもここにスーパー・ジャスティス・レッドがいたら、きっと鏡の魔法使いマリカはこう言うと思う」


 彼女は顎を上げて両手を組む。


「余計なお世話」

「はっ。確かに言いそうだ」


 赤毛の青年は笑った。それにつられてみかんも笑う。二人は笑って、そして赤毛の青年は言った。


「あと、そうだな。これも言いたかったんだか。俺がとった動画がネットで拡散されてほんとうに申し訳ないって思っている。あのかっこつけている時、こけたやつ……バイザーで動画とれてて悪にも何か理由があると投稿したら妙な形でひろがったんだ……」


 みかんは止まった。笑顔を張り付けたまま。


「お」


 そのまま一歩踏み出す。


「お」


 さらに踏み出す。右手に魔力を籠める。


 そして叫んだ。


「おまえかぁあああああ!!!!!!」


 渾身の右ストレート!!


「ほげぇええ!」


 赤毛の青年は情けない声を出して吹き飛ばされた。


 みかんは、はあはあと息を切らして、それからすっきりした顔をしていた。理由は何でもいい、だが彼女はサンを止めるほうを選んだ。

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