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偽悪者

 新聞に高速道路での炎上事件が報道された。事故によるガソリンへの引火、そして爆発に至った事件である。朝には火は消し止められたが死傷者はいなかった。ドライバーの安否も不明である。


 世間はこれを『黒の太陽』の化身であるサンが起こしたことであること、いや『魔法天使マリカ』が起こしたことは知らない。


 静かに人類にとっての最大の脅威が迫っている。捻じれた運命の輪が絡み合って今世界は滅亡の淵に立っている――その時『鏡の魔法使いマリカ』は捻じれた輪を解きほぐそうとしていた。


「うぎぎぎ」


 学校で知恵の輪を手に格闘するマリカ。いや、柊 みかんは両手で力任せに知恵の輪の絡みを引っ張ってみるが全然解けない。世界が危機だろうと学校の出席はちゃんとしていた。


 お昼休みに彼女の友達から持ち掛けられた賭け。知恵の輪を解けたらジュースを奢るというものにみかんは挑戦していた。周りでは彼女のクラスメイト達がみかんの手にある知恵の輪を凝視している。期待をしつつ、応援しつつ、失敗してほしい。


「こ。これ、ほんとにとけるの?」


 みかんは顔を赤くして力任せに引っ張るが変身をしてない彼女の力など大したことはない。学校の健康診断では利き手の握力が25キロしかなかった。そもそも知恵の輪は力を込めて引っ張るものではない。


「みかんさんそろそろ降参しては?」

「そうそう、ジュース何を買ってもらうかな」

「バイトしているんでしょ?」


 クラスメイト達はにやにやしている。知恵の輪を解ければみかんは彼女たちからジュースを奢ってもらえる。しかし負ければ彼女たちに奢らなければならない。


 数分前の彼女は言った。


 ――「知恵の輪? そんな子供だましできないわけないじゃない……。はあ、貸してみて……解けたらジュースね」


 現在の彼女はこうである。


「ぐぐぐぐぐぎぎぎぎ」


 負けられない戦いがここあった。みかんはここ最近一番必死な顔だった。スーパージャスティスファイブとの戦いを考える時より真剣である。彼女の正体が魔の四天王ということを誰も想像すらしてない。


(いま私の財布には150円しかないの!)


 ジュース一人分しかない。負けを認めた瞬間に許しを請うことになる。みかんはうずくまった。クラスメイトに見えない角度で両手で知恵の輪を包んで、口元で魔法を唱える。光を体で抑え込んでから彼女は笑った。


「ほら、とけたでしょ」


 両手を広げてみれば知恵の輪が二つに分かれていた。魔法を使って分解した。


「ええ!」

「ど、どうやって」

「そんな~」


 悔しがるクラスメイト達を前にふふんと鼻を鳴らすみかん。卑怯な手を使う悪としての本領を発揮した。ただ極悪な彼女は表情とは裏腹に心の中では罪悪感でいっぱいになっていた。


「ま、まあ、ジュースなんて私はいらないけどね」


 とりあえずそれだけを言って立ち上がる。みかんはお手洗いと言って教室を出て、廊下を歩いて、階段を上がって、踊り場で誰もいないところで頭を抱えた。くだらない意地を張ってしまったことを後悔したが、言った。


「わ、私は悪の四天王。これくらい普通よ」

 

 この程度のことに罪悪感を感じる彼女のそばにレオがいれば「向いてないにゃ~」と言いそうだが、幸い彼女はいない。みかんの想像のイマジナリーレオだけが脳裏にいた。


 その時彼女のポケットが震えた。スマートフォンが鳴っている。彼女はびくっと体を震わせた。電話をしてくるというものといえば『閃光のバオウ』が考えられた。彼はSNSでメッセージなどをしない。恐る恐るみかんは画面を見た。


 その番号は登録外だった。だが、もしかしたら知り合いかもしれない、それこそセレニコの可能性もある。彼女は階段の踊り場で壁に背を預けて電話をとった。


『こんにちは、鏡の魔法使いマリカ』

「その声は……! ……サンね」


 相手はマリカと同じ姿をした少女。ブラック=サンだった。


『そうよ、私。ああ、そうね。魔法天使マリカと言ってもいいわ。どっちでも好きなほうで呼んで』

「サンね!」


 みかんは断言した。


『すでに私はどっちでもいいけど。マリカ。この電話はかわいそうなあなたへの慈悲よ』

「慈悲……?」

『そう……どういう経緯かはわからないけど私の、ああわかりやすく言いましょうか。『黒の太陽』の欠片をもってセレニコが逃げたでしょう』

「……あなたまさか」

『そのまさか……ってね。私は私の体を取り戻した。でも安心して……私の中にすべての力を取り込むには時間がかかるわ。……だけど、もともとの計画の通り私は『魔法天使マリカ』として最後の悪事を行うつもり……』

「……セレニコはどうしたの?」

『さあ? ふふふ』


 冷たい笑い声を聞いてみかんの目つきが鋭くなる。


『あはは。その程度で怒るからあなたは悪に向いてないのよ』

「……最後の悪事……ってなに」

『……別に、大したことじゃないわ。今度東京ドームでなんとかってグループのライブがあるそうね。ストームだっけ? 何万人かくるそうだから、全部燃やしてやろうかってね』

「!」

『別にいいでしょ? 私もあなたも悪なのだから。あははは。ねえ。鏡の魔法使いマリカ! あなたに止めに来る理由はあるの?」

「……っ」

『ないわよね!? あなたは正義の味方じゃない。悪の、魔の。四天王様なんでしょ!? 何万人死のうと関係ないはずよ?』

「……そ、うね」

『でしょでしょ? 関係ないわよね。ねえ。悪の魔法使いさん? 正義の味方気取りで助けに来たりしないわよね。あはははあっはああはははははは』

「…………」


 みかんの表情が歪む。わざわざサンが連絡してきたのは柊みかんがこれを「知ること」がもっともダメージを与えることだとわかっていたからだ。


「あなたは慈悲っていわなかった?」

『ああ、そういえばそんなこと……言ったっけ? あははは!』

「くっ……」


 止めに来るなら止めにこいという挑戦。


 その時は悪の自分を否定しろという挑発。


 サンは以前に受けた屈辱を万倍にして返すつもりだった。だがみかんはふんと鼻を鳴らす。


「そう、まあ、私はあなたが何をしようと関係ないわ。だけどね。ザングルゴール皇帝は裏切ったあなたを含めて始末するように命令をくれた。東京ドーム? いいよ。私はあなたを始末しに……」

『ふふふふふ。人間を助けに来るの?』

「ちがっ、私は」

『何が違うの? わかっているでしょ? 嫌なことだけど、私はお前。お前は私。姿は瓜二つ。お前の考えていることなんてわかっている。……ねえ、鏡の魔法使いマリカ。私は悪だけど、仕方な~く命令だから人々を助けることになるって言いたいんでしょ?』

「……ち、ちがう」

『わかっているだろ、偽悪者……。それじゃね。どう転んでもお前は、後悔する。ふふふふ。あははははは』


 電話が切れる。


 みかんは通話の切れた画面を見ながら悔し気に顔をゆがめる。


「偽悪者?……私は……悪の魔法使い……マリカ」


 階段の踊り場で彼女はだらんと手を下げる。手にはスマートフォンがある。顔を下に向けて紫の髪がその目元を隠す。彼女の表情は見えない。だが、彼女は手にしたスマートフォンを握りしめた。


「どいつも……こいつも……。私が悪だということを……」


 唇をぎゅっと結ぶ。それはわずかな時間だったが、彼女は心の中にあるくやしさに耐えようとした。だが、無理だった。


「…………バカにしやがってぇええ!!」


 みかんは激怒した。彼女はスマートフォンをぎゅうと握りしめて叫んだ。はあはあと肩で息をして。ふふふと笑う。


「こ、この私をこれだけ馬鹿にしてただで済むと思わないことね。私が行くにはちゃんと理由があるんだから」


 みかんは顔を上げる。


「人間どもを助けるなんて私にはどうでもいいわ……ストームのライブに行きたいだけだから…!」


 捻りだした理由を胸にする。


 ここは階段の踊り場。みかんは一歩を歩き出す。


「……決着を今度こそつけてやる」


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