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『鏡の魔法使いマリカ』は悪の少女である

 日本は危機に瀕していた!


 悪の皇帝の生み出す怪人たちが日本各地で暴れまわり、社会に甚大な被害を及ぼしていた。


 しかしそこに立ち上がったのは5人の戦士たちだった。大地の力を借りて変身する彼らは「スーパー・ジャスティス・ファイブ」と名乗り、怪人たちを次々に撃破していった。


 そして今日も東京新宿で激闘が繰り広げられていた。


「シュビビビ!」


 鋭い爪を持つネズミ型怪人であるダーク・ラットが両手の爪を構えて笑っていた。街は道も木も建物もあらゆる場所が切り裂かれている。ダーク・ラットの後ろでビルが轟音を立てて崩壊した。


 すさまじい風と土埃。


 その暴風の中で体を正義のスーツに包んだ彼らは立ちあがった。


 彼らこそスーパー・ジャスティス・ファイブだった! 


 5人はそれぞれ赤・青・緑・黄・桃色の変身スーツに身を包んでいる。彼らの目元は黒のバイザーで覆われていた。彼らはそれぞれがボロボロでお互いに肩を借りて何とか立ち上がっている。


「がんばって!」

「たちあがって!!」

「応援しているぞ!」


 周りには逃げそびれた人たちがいた。彼らは祈るような気持ちでスーパー・ジャスティス・ファイブを応援していた。だがその希望を刈り取るためにダーク・ラットは笑った。


「シュビビビ。お前らもここまでだな」


 ダーク・ラットは爪を構えた。次の攻撃で決めるつもりだった。5人の首を落とし、人間どもに対して絶望を見せつけるつもりだったのだ。


 だが5人の中から赤色の戦士が前に出た。


「俺たちはあきらめない! みんな、正義の力を集めるんだ」

「「「「おう!」」」」


 5人はそれぞれが並んで右手を天に掲げる。それぞれの手に強烈な光が放たれた。それはスーツの光と同じ色だった。


「「「「「俺たちの正義の力を見ろ! ジャスティス・パワーレイ」」」」」


 5人の手から放たれた光はダーク・ラットを襲う。


「しゅ、しゅびびび、こ、こんなもの、こんなものぉおお」


 光は渦を巻き、ダーク・ラットの体を貫いた! 彼は「しゅび、しゅび」と言いながらチリになって消えていく。一瞬の静寂があたりを包み、それはやがて人々の歓声へと変わっていった。


 助かった人達は死力を尽くした正義の味方達に対して惜しみない賞賛の声を上げた。彼らは生き残ったことを喜び、そして涙した。それを見て5人の正義の味方である彼らも深く安堵したと同時に疲労から膝をついた。


 その時だった。


 空が黒く染まった。いきなりのことに群衆から悲鳴が上がる。ダーク・ラットは滅びた。だが悪の芽はまだ尽きてはいない。


 地が光り、それは文様となっていく。


 現れたのは幾何学模様を刻んだ魔法陣。それは光、その中心がまるで水のように波打った。


 それはまるで鏡のようにだった。そしてそこから一人の少女がゆっくりと姿を現したのだ――


 その少女は美しい。紫の髪に長いまつげ、それでいて涼し気な目元をしている。


 フリルのついた黒と紫のドレスに身を包んだ彼女の手には宝石をはめ込んだ魔法の杖があった。紅く光るそこから魔力が溢れていた。


「所詮雑魚では相手にはならないようね」


 少女は小さな唇を開いて、温度のない視線を「スーパー・ジャスティス・ファイブ」に送った。その瞳には何の感情も見えない。


「き、貴様は誰だ」

 

 彼らの中で青いスーツに身を包んだジャスティス・ブルーが言った。少女はそれを見て言った。


「……私の名はマリカ。人は『鏡の魔法使い』と呼ぶわ」

「鏡の魔法使いだと……貴様は悪の皇帝の仲間か」


 それにくすりとマリカは笑った。


「だったらどうなの? ……私は鏡、お前たちの人間たちの醜さを映す鏡。お前たちは生き残ったことを喜んでいるようだけど、悪の源はお前たちの中にある感情。怒りや悲しみや苦しみこそが私たちの力の源……いずれお前たちは自分たちの心の重さに耐えきれずに死ぬことになるわ」


 その美しい瞳に世界を映しながらマリカは言う。


「でもね、今日のところは頑張りに免じてひいてあげるわ。次に会うときは貴方たちの最後だってことを覚えておくのね」


 そういってマリカは笑う。


 くすくす。


 くすくす。


 その髪が片目だけを隠して、怪しげに笑った。彼女は踵を返す。


「つかの間の安息を楽しみなさい」


 そう言って去ろうとしたところで自分の杖に引っかかってすこしつんのめった。こけそうになって杖で支えようとして、足を取られて、倒れる。


「ふぎゃ……!」


 彼女は慌てて立ち上がると魔法で去っていく――闇だけを残して。


☆☆


 瞬く間にSNSで拡散された。


 鏡の魔法使いマリカちゃんがかっこよく去ろうとしたところで失敗したことを現代の闇の根源であるSNSは逃がしはしなかった。動画は拡散されており、削除申請をした何者か(本人) の努力もむなしかった。


 一か月後のことである。


 ある少女がノートパソコンをつけっぱなしにしてベッドにもぐりこんでいた。PCにはとある漫画のキャラクターが書かれたイラストが映っていた、そのキャラはかっこよくセリフを言った後にこけているコミカルなものになっている。


 要するにあのシーンのパロディであった……。すでにそのようなイラストは増殖していた。様々なキャラクターのバリエーションで描かれているのだった。


「もう忘れてくれてもいいじゃん! もう忘れてくれてもいいじゃん! もう忘れてくれてもいいじゃん! ううううう!!!!」


 ベッドで毛布をかぶって震えるのは「鏡の魔法使い マリカ」だった。現代の闇の深さに彼女は打ちのめされていた。SNSなんてやめればいいのに自分の恥ずかしい場面を何度も見せられることとなったのだった。


 彼女の主戦場はトゥイッターというSNSだった。140文字の短文を画像などとともに書けるものだった。検索結果を学習するアルゴリズムはマリカの恥ずかしい動画を自動的に収集し、列を成して彼女に送り付け続けるのだった。


 

 1か月前のスーパー・ジャスティス・ファイブとの1件以来彼女は毎日精神的ダメージを負っていた。


「うう、うううう。く、くそぉ、ジャスティス・ふぁいぶめぇ」


 震える毛布。


 漏れでる涙声。


 哀れであった。


 それでも毛布をはねのけて彼女はベッドの上で立った。パジャマを着た愛らしい顔の少女だった。彼女の本名は「柊 みかん」という高校生だったのだ。ダークな雰囲気のある魔法使いマリカの正体がそれだった。


「こ、こんなことでくじけてはいれないわ。愚かな人間どもの感情を映す鏡こそが私」


 SNSの闇を一身に受ける彼女はある意味そうであった。


「と、友達にも広がってるし」


 彼女の通う高校にもSNSの魔の手は伸びていた。マリカの友達が何気なく「おもしろいよー」と見せてきた動画は自分がこけて情けなく「ふぎゃ」とか言っている動画だった。彼女は「えーまじー?」とか言いながら話を合わせて、あとで泣いた。


「せ、世間の評価を変えないと……」


 マリカは決心した。悪を成す、そして今の風潮を上書きすると。そう考えれば早い。彼女はベッドに座って悪の計画を練った……。ほかの怪人たちの手を借りるという手もあったがそれでは自分の影が薄くなる可能性がある。


 いっそスーパー・ジャスティス・ファイブを倒すべきかと思ったが彼らのことを思うとあの日のことをセットで思い出すので今は会いたくはなかった。


「買い食い、いや……意味ないか」


 買い食いも視野に入れたが悪の行動としてはいささか弱かった。なんとなく部屋の中にあるTVをつけてみればちょうどアニメをやっていた、赤いジャケットの怪盗が銀行強盗をしているような場面だった。


「そうか……銀行を襲うんだ」


 すさまじい悪行を思いついたという顔で彼女は悪い顔をした。頭の上にピコーンと電球が光った気がした。ここで犯罪で大金を得ることができれば悪としての自分のイメージが上書きされるはずだ。


 悪は急げとばかりに彼女は立ち上がり、PCを消して、電気を消して、クーラーをつけてベッドに倒れて目を閉じた。決行は明日だった。これで一か月の闇が晴れるはずだった。


☆


 狙うのはできるだけ大きな銀行がいい。


 近くの商店街の真ん中にある「コウフク銀行」に狙いを定めた。


 彼女は高校に言った後、下校途中に物陰で変身をした。制服がダークなドレスに変わって髪が伸び、大きなリボンにブーツ。そして大きな杖。


 銀行は閉店間際だった。最後の客が帰ろうとしたときにいきなり店舗の明かりが消えて魔法陣が浮かび上がった。


 そこから出てきたのは「鏡の魔法使い マリカ」だった。銀行のワンフロアに大勢の職員がいた。彼らはマリカのことを見て「ま、マリカだ」と口々に言った。彼らはポケットからスマートフォンを取り出してマリカに向けた。


「ひっ」


 ふつうに素の悲鳴を上げたマリカは魔法を使った。彼女の杖から光が放たれると職員たちは一瞬だけ惚けて気を失った。かたんかたーんとスマートフォンが床に落ちていく。そして職員たちは倒れていく。倒れる時に頭を打ちそうなのはマリカの魔法でゆっくりと地面に倒れた。


「はあ、はあ」


 彼女はやったと安堵のため息が出た後に何をしに来たんだと自問してはっとした。職員たちはすべて気を失っている。これでは悪を成しても上書きができない。しまったと悔いたがマリカはとりあえず、まだ気を失ってない者を探した。


「う、うう」


 男性だった。年配の彼を見つけてマリカはその前に立った。彼は支店長の席に座っていた。


「私の名前は鏡の魔法使いマリカ。人の富は悪を引き寄せる……この銀行の金庫の中を見せなさい」

「な、なぜ。そんなことを」


 男は慌てふためいていった。なぜそんなことをと言われてマリカは邪悪な笑みを浮かべた。なぜと言われたらSNSの恥ずかしい記憶を消したいだけで他意はない。口で説明できる類のものではなかった。


「……ぐ、ぐ?」


 突然支店長の男の手は自分の首を絞めた。マリカの魔法だった。彼女は冷徹な顔で男に言った。


「ここの銀行の富を使って人々の心に悪を呼び覚ますの。そう、スーパー・ジャスティス・ファイブを倒すためにね」

「な、なぜ、私の手が勝手に」

「自分で自分を殺すか。金庫に案内するか選びなさい」


 マリカは悪を成している自分に震えた。カッコよかった。そしてここ一か月のSNSでのいろんなことが消えていくような気がした。だが男は抵抗した。


「わ、私はお客様を裏切ることはできない」

「そう……じゃあ仕方ない」


 彼女の杖が光る。すると男は立ち上がり、首を絞めていた手が降りた。


「な、なんだからだがかってに、や、やめろ」


 マリカはくすくすと笑う。


「あなたの心をとらえた、さあ、私を案内しなさい」


 抵抗しながらも男はマリカを連れて奥に進んだ。魔法には抗えない。そして厳重に仕切られた倉庫の部屋についた。


 そこの壁には金属でできた無数の引き出しがあった。マリカは言った。


「ここは?」

「ここは銀行の金庫の部屋だ。今は現金を店舗に置くことは少ない……それにここは個人の貸金庫だから中には大したものは入っていない、鍵はお客様に渡しているから開けない」

「…………」


 銀行にはなんとなく大金があるような気がしていたマリカだったが、とりあえず魔法の杖をかざした。その前に男が立ちふさがる。


「な、何をする気なんだ」

「魔法で全部開いてみる」

「やめろ、ここには何もない」

「?」


 そんなわけないだろうとマリカは思った。


「邪魔よ」


 マリカの魔法で男は浮かび上がり、後ろに飛ぶ。それから彼女は言った。


『アンチェイン』


 その魔法の光が金庫に広がっていく。この悪が世に広がることによってきっとあの忌々しい事件は風化するはずだとマリカは思った。そう思い彼女の口元がほころんだ。


(私は悪。人間どもを恐怖に陥れる鏡の魔法使い…………。……!?)


 だが開け放たれた金庫はすべて空だった。


「なっ」


 マリカは驚愕した。中に何もない。何が起こったのかわからなかった。


「くくく」


 声がした、男の声だった。先ほどの男が笑っていた。


「支店長の立場を利用してお客様からお預かりしたものは俺がすべて売り払って金にした。くくく、ここにはもう何も残っていない。いずればれることだったが、俺はもうおしまいだ……」


 マリカはゆっくりと振り向いた。その顔には「こいつまじでそんなことをやったのか」と書かれていた。巨悪を前にして彼女は硬直した。


「何に使ったの?」

「聞きたいか? パチンコだよ……好きなんだ」

「……?」


 全部? とマリカは思った。理解できなかった。所詮少女である彼女からすれば何の合理性もない狂った大人の思考についていけなかった。


「SNSで有名な魔法少女のお前が来たとき、まさか俺が狙いかと思ったら本当にそうだった。さあ、俺を警察に連れていくなりなんなりしろ」

「え、あ、いや」


 マリカは恐れた、この目の前の悪に怯んだといっていい。だが本来の目的のために彼女も引けなかった。彼女は男の目の前に立った。


「私はお前の闇を映すもの」

「なに?」

「お前のやったことを全て私の行ったことにする。それでお前の罪は隠される」

「……正気か?」

「ふふ」


 許されるわけでない。罪を隠すことによって悪を増幅する。ここの全てをマリカが奪ったことにして男の罪を消せば、この男の中の悪は残る。それこそが恐るべき彼女の策略だった。


「さあ、私の言う通りにしなさい、そうすれば貴方は明日からも変わらず生活ができる」


 鏡のように美しい彼女の瞳に男の姿が映っている。


 そして彼はうなづいた。


☆☆


 翌日、銀行が『鏡の魔法使い マリカ』に襲撃された事件が報道されていた。


 マリカ本人はお風呂上がりのパジャマでふふふと笑いながらTVを見ている。記者会見をしているようで、そこに映っているのはあの支店長もいた。すべての悪を引き受けたマリカの悪名は高まり、男の悪の感情は生き残るだろう。


「所詮人間なんて……」


 マリカはふっと笑った。


 TVの中では記者会見の中で銀行の関係者達が事件のあらましを語っていた。銀行の金庫を『マリカ』に襲われて中身を奪われたと彼らは言っていた。これで自分の目的は果たせたとマリカは安堵した。


「くくく、次はスーパー・ジャスティス・ファイブを倒すとしよう」


 気取った口調で彼女は言った。そしてTVの画面を変えようとしてリモコンを取った時、画面の向こうであの支店長の男が立ち上がった。


「?」


 マリカは止まった。男は叫んだ。


『違うんです! 私が本当の犯人なのです』

「!!!????」


 マリカは何言ってんだやめろと身を乗り出した。男は画面の向こうで言う。


『鏡の魔法使いマリカ様は私の前に来て、自分が全部の罪をかぶるから、……まっとうになるように言ったのです』


 TVにしがみついたマリカは叫んだ。


「いってないぃいい!」

『彼女は私の罪をかぶり、そして私が明日からも生きていけるようにするようにと言いました……きっと私のことを改心させるために……あのようなことをしたと思います』

「何言ってんのおじさん!?」


 マリカは部屋の中でわたわたし始めた。男は言う。


『聞いていますか!? マリカさん。私は罪を償います。貴方は私が罪に向き合えるように来てくれた……天使だったのですね』

「変なことを言うな!」


 ばしってTVをたたいて、手が痛くて抑えるマリカ。記者会見の場は騒然となっている。マリカはTVの向こうに対して抗議をするが、誰も聞いていない。


 数日後。


 魔法天使マリカが悪徳銀行マンを改心させたとSNSでバズり続けていた。男が言った全然関係ない「天使」の単語がくっついて、天使に描かれるイラストがSNSに繰り返し流れていく。


「おおおおおおおおん……!」


 ベッドの上で毛布にくるまって泣く本人。開いたPCには彼女を笑顔のイラストが流れていく。


「うあああああん……!」


 最近はAIかなんかでアニメも作られていた。だいたいいいことをして最終的にこけたりするぽんこつな設定であった。


 毛布にくるまったマリカは「スーパー・ジャスティス・ファイブめぇ……」と漏らす。だがしばらくしてぐす、ぐすと泣き声が響いた。


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