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《冒険者ギルドのお仕事ファンタジー》鉄の受付嬢リリアンのプロの流儀 ~冒険は、窓口から始まります~  作者: ざつ
第一部:三月・惜別の季節

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9/11

第8話:辺境からの野菜テロと料理長ボロス

◇◆◇◆◇


【視点:リリアン・ヴェール】


 3月29日。

 年度末という名の「戦場」は、いよいよ最終局面を迎えようとしている。

 窓の外では、満開を過ぎたヒザクラが、名残惜しそうに薄紅色の雪を降らせている。一方で、地面からは湿った土の匂いと、気の早い雑草の青い香りが立ち上り、季節が強引に「春」へと押し流されていくのを感じる。


 ギルドの受付カウンターに座る私の耳には、春風のささやきなど届かない。聞こえてくるのは、羽ペンの走る音、冒険者たちの荒い息遣い、そして――。


「――お届け物だ! リリアン・ヴェール嬢宛て、辺境のヴェール農園から、馬車3台分!」


 石造りのホールに、聞き覚えのある野太い声が響き渡った。

 私は手にしていた『ライセンス更新申請書』を危うく破りそうになった。アクアマリンのピアスに触れる指が、微かに震える。


「……ヴェール農園? 馬車、3台?」


 嫌な予感しかしない。

 私が窓口をエリスに預け、ギルドの正面玄関へ向かうと、そこには異様な光景が広がっていた。

 ギルドの入り口を塞ぐように並んだ3台の荷馬車。その荷台には、溢れんばかりの、泥のついた「ジャガイモ」が山積みにされていた。

 そして御者台でニカッと笑っているのは、私の実家の隣に住んでいる幼馴染の父、ゴロ爺だった。


「よう、リリィ! 元気にしとるか。お袋さんから預かってきたぞ」


「……っ、ゴロさん! その呼び方はやめてくださいと言ったはずです! それになんですか、この量は!」


 荷台のてっぺんには、母・ルネの筆跡でデカデカと書かれた看板が突き刺さっている。


『娘へ。春の植え替えで余ったから送るわ。しっかり食べて、ちゃんと働きなさい!』


 周囲の冒険者たちが「おいおい、ジャガイモの山だぜ」「リリアンちゃんの実家、農家だったのか?」「リリィだってよ、可愛いじゃねえか」とニヤニヤしながらこちらを見ている。

 私の脳内『冒険者カタログ』が、この事態を瞬時に分析する。


(事象:実母による未合意の物資搬入。問題点:ギルド正面玄関の占拠、および私的物品の公的空間への持ち込み。解決策:即時返送、または……)


「ゴロさん。これは受取拒否です。ギルド規約22条、『私的な荷物の保管および搬入の禁止』に基づき、ただちに持ち帰ってください」


「そう言われてもよ、リリィ。お袋さんから『娘がゴネたら、これを読ませろ』って預かってんだ」


 渡された手紙を開くと、そこにはさらに戦慄の内容が記されていた。


『追伸:ギルドマスターのクリフォードさんには、去年の冬に内緒でカボチャを送って、貸しを作っておいたから大丈夫よ』


 ……あの、気弱なマスターめ。

 私のこめかみに青筋が浮かぶ。年度末の激務で疲弊した脳に、母の過剰な愛という名の「テロ」が追い打ちをかける。


「規則は規則です。馬車1台分でも認められません。第一、こんな量のジャガイモ、どこに置くというのですか……!」


「――その荷、俺が買った」


 背後から、地響きのような声がした。

 振り返ると、そこには195センチの巨躯が、入り口の光を遮るように立っていた。

 料理長ボロス。丸太のような腕を組み、裂けそうなコックコートを揺らして、彼はニヤリと笑った。


「ボ、ボロスさん? 『買った』とはどういう意味ですか?」


「言葉通りの意味だ、リリアン。これは『私的な荷物』じゃねえ。食堂『銀の匙』が正式に発注した、貴重な『軍用携帯食料の試作サンプル』だ。そうだろ、ゴロとか言ったか?」


 ボロスが金貨の入った袋をゴロさんに放り投げる。ゴロさんは「ガハハ、話がわかるねえ!」と調子よく応じ、馬を動かし始めた。


「待ってください! そんなこじつけ、経理のベルナールさんが許すはずが……」


「あいつの口は、さっきマッシュポテトのパイで塞いできた。リリアン、お前は少し痩せすぎだ。3月の風に吹き飛ばされそうな顔をしてるぜ」


 ボロスはジャガイモの袋を軽々と担ぎ上げると、私にだけ聞こえる低い声で言った。


「ルネさんからの手紙に書いてあったぞ。『あの子は忙しくなると、水と地図だけで生きようとするから困る』ってな。……食えん奴から死んでいく。それが戦場の鉄則だ」


 私は何も言い返せなかった。

 母のパワフルな愛情と、この巨漢料理長の強引な優しさ。

 冷徹な事務処理で武装したはずの私の心が、泥臭いジャガイモの匂いに、少しずつ侵食されていく。


◇◆◇◆◇


【視点:ボロス・ヴァルゴス】


 厨房は戦場だ。

 だが、今日はいつにも増して激しい火力が求められている。


「おい、ミア! サーシャ! 手を休めるな! 今日は全メニューにジャガイモをぶち込むぞ!」


「はーい! でも料理長、いくらなんでも『ポテトサラダ入りエール』は無茶苦茶ですよぉ!」

「バカ言え、食物繊維だ! 冒険者は便秘になりやすいんだよ!」


 俺は鼻歌まじりに、巨大な鍋でジャガイモを茹で上げる。

 リリアンの野郎、さっきは「カロリー計算が狂います」なんて抜かしてやがったが、あいつの顔色は真っ白だ。年度末の数字の羅列に、魂まで削られてやがる。


 あいつの母親、ルネさんから届いた手紙には、娘への心配がこれでもかと詰め込まれていた。

『リリアンは昔から、自分の限界を書類で隠す子なんです。どうか、無理やりにでも食べさせてやってください』


 その言葉通り、俺は特製の『山盛りポテトグラタン・辺境風』を仕上げた。

 隠し味は、マルサの婆さんからもらった滋養強壮のハーブ。それから、リリアンの好物だと聞いた、少し癖のある春の岩塩だ。


 夕刻、窓口業務を終えてフラフラと食堂に現れたリリアンの前に、俺はそれをドスンと置いた。


「ボロスさん……。私、今日はもうペンを持つ気力もありません」


「ペンは持たなくていい。スプーンを持て。これは業務命令だ。マスターのクリフォードも『リリアンの栄養補給は最優先事項』だと認めてる」


「……職権乱用です」


 リリアンは不満げにアクアマリンのピアスを撫でたが、グラタンから立ち上る香ばしいチーズとジャガイモの香りに、喉を鳴らしたのを俺は見逃さなかった。


 一口、また一口と、あいつが熱いジャガイモを口に運ぶ。

 最初は事務的に動いていた口元が、次第に緩んでいく。


「……美味しい。……けれど、多すぎます。明日の体重測定が恐怖です」


「ハッ、そんなもんは誤差だ。いいかリリアン、春ってのは芽吹きの季節だ。身体の中にエネルギーを蓄えねえで、何が新しい冒険だ」


 あいつは「プロの受付嬢として、自己管理は基本です」なんて言いながらも、結局皿を空にした。

 少しだけ赤みの差したあいつの頬を見て、俺は厨房で腕を組み、「ガハハ」と笑い声を上げた。


 外では夜の帳が下り、桜が散った後の枝には、もう次の季節の蕾が準備されている。

 あいつも同じだ。

 この馬鹿げた量のジャガイモを食い切る頃には、あいつはまた、4月の嵐を真っ向から受け止める「鉄の女」に戻っているだろう。


◇◆◇◆◇

【視点:リリアン・ヴェール】


 胃袋が重い。

 けれど、一日中こわばっていた肩の力が、不思議と抜けている。


 私は誰もいなくなったカウンターに戻り、明日の「4月1日」の準備を始めた。

 明日になれば、また新しい冒険者たちが、夢と無謀を抱えてこの扉を叩く。

 彼らを導き、時には突き放し、その命を守るためにペンを執る。


 鞄の中には、食べきれなかったジャガイモが1つ、紙袋に入れられて入っている。

 今夜、ユージンに会ったら、彼にもお裾分けしよう。

「私の母からの、少し重すぎる挨拶よ」と言って。


 私はアクアマリンのピアスを整え、誰もいないホールに、いつもの「鉄の微笑み」を浮かべた。


【リリアンのプロな流儀】

「栄養計算を無視した愛情は、時にプロの効率を妨げる。だが、その『計算外の熱量』を燃料に変えてこそ、終わらない戦場を駆け抜けることができるのだ」


(第8話:完)


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