第14話:伝説の剣の「貸し出し」規定
◇◆◇◆◇
【視点:リリアン・ヴェール】
4月半ば。
新人の騒がしさが少しだけ落ち着き、代わりに依頼掲示板には難易度の高い、重厚な依頼書が並び始める時期だ。
ホールの空気は、新生活の浮ついたものから、プロの冒険者たちが放つ鋭い殺気へと入れ替わっていた。
「――リリアン。無理を言っているのは承知だ。だが、今回の『古竜の残滓』の調査には、どうしてもあれが必要なんだ」
カウンターの前に立っているのは、この街でも指折りのベテラン、銀級のガストンだ。
彼が指差しているのは、ギルドの奥深く、強化ガラスの向こうに鎮座する1振りの剣――かつての英雄が遺したとされる伝説の武具『蒼炎の剣』である。
「ガストンさん。ギルド規約第48条、特別備品貸出規定に基づき、回答は『否』です。却下します」
「なっ……! マスターは、俺の顔を立てて貸し出しを検討すると言ってくれたんだぞ!」
背後で、クリフォードマスターが「あ、いや、検討というか……前向きな善処を……」と眼鏡のブリッジを押し上げながら縮こまっている。
私はアクアマリンのピアスを一撫でし、冷徹な視線を書類に戻した。
「マスターの個人的な感情は、資産管理の基準には含まれません。ガストンさん、あなたの現在の預託金および担保価値は計4500ゴールド。対して『蒼炎の剣』の市場評価価値は2万ゴールドを超えます。資産価値の毀損リスクを考慮すれば、保証金として最低でも1万ゴールドの積み増しが必要です」
「伝説の剣を金に換算するんじゃねえ! あれは名誉の象徴だろうが!」
「羊皮紙の上では、伝説も名誉もただの『属性』に過ぎません。管理責任者としては、物理的な損壊リスクと減価償却を計算する義務があります」
そこへ、奥から鼻眼鏡を指で磨きながら、主任鑑定士のジゲンがひょっこりと顔を出した。
「リリアン。相変わらず夢のない計算じゃな。あの剣の刀身に刻まれた魔導回路の美しさは、金貨に変えられるようなものではないぞ。ジジイの目から見ても、あれは一級品じゃ」
「ジゲンさん。一級品だからこそ、この依頼には向きません」
私はジゲンにすら容赦なく言葉を叩きつけた。
「記録によれば、この剣の最終メンテナンスは3年前。保管環境の魔力密度は適正ですが、魔導回路には経年による不可視の微細亀裂――いわゆる魔力疲労が生じている可能性が82パーセントあります。この状態で古竜の魔力に当てれば、抜剣の瞬間に砕けます。……そうなれば、剣は失われ、あなたは死ぬ。それはギルドにとって最大級の『損失』です」
ガストンが言葉を失い、ジゲンがレンズを磨く手を止めた。
私は冷たく判を押し、窓口のベルを鳴らした。
「次の方。貸し出しをご希望なら、まず1万ゴールド用意して出直してください」
◇◆◇◆◇
【視点:ハンス・ギュンター】
解体所の入り口で、俺は今のやり取りを黙って見ていた。
ガストンはリリアンの「冷酷さ」に腹を立てて去っていったが、俺は知っている。あのアクアマリンの瞳が、剣の管理記録だけでなく、ガストンの「使い癖」まで読み取っていたことを。
「ハンス。……リリアンからだ」
ジゲンが苦笑いしながら、1枚の羊皮紙を俺に届けに来た。
そこには、リリアンの正確な筆跡で『解体所、および武器整備部門への特別指示』と書かれていた。
「『蒼炎の剣。刀身第3節の魔力伝導率を2パーセント改善、および柄の革の巻き直し。明日中に完了せよ。予算は管理予備費から捻出済み』……か」
俺は集中すると舌先が出る癖を抑えきれず、ニヤリと笑った。
あいつは知っているんだ。ガストンの剣筋が、最近少しだけ右に流れていること。それを補うには、今の『伝説の剣』のバランスじゃ重すぎること。
リリアンは、伝説を汚したくないわけじゃない。
伝説という名の「壊れかけの道具」を、ガストンに持たせたくなかっただけだ。担保不足なんてのは、あいつがガストンの命を守るために張った「鉄のカーテン」に過ぎない。
「ジゲンさん。リリアンの言った通りだ。この魔力疲労、あんたの目でも見逃したか?」
「……ふん。ワシは『真贋』を見るのが仕事じゃ。あの子のように『使い勝手』まで管理する目は持っておらんよ」
俺は砥石を手に取り、地下の倉庫から運び出されてきた『蒼炎の剣』を睨み据えた。
リリアンの指示書には、微細な亀裂の位置まで座標で指定されている。あいつの『冒険者カタログ』は、もはや人間だけじゃなく、道具の寿命まで管理しているらしい。
翌日、リリアンはガストンに対し、「整備上の理由で貸し出しを延期する」という名目で、彼に別の使いやすい魔剣を格安で手配した。
現場の汗を知らない官僚のような冷たさで、しかし、誰よりも確実に現場の命を救う。
俺は、彼女が書いた完璧な「指示書」を、研ぎ終えた剣と一緒にカウンターへ届けた。
リリアンは一瞥もせず、「受領します。ハンスさん、15分の遅延です。次はもっと迅速に」と吐き捨てた。
俺は鼻で笑って、解体所へ戻った。あんなに不器用で、誰よりも道具への敬意を持っている「鉄の女」を、俺たちはどうしたって信頼しちまうんだ。
【リリアンのプロな流儀】
「伝説も名誉も、羊皮紙の上ではただの属性に過ぎない。守るべきは、物語としての美しさではなく、それを使う者の『生』である。道具をただの資産として扱う冷徹さこそが、時に使い手の命を繋ぐ命綱となるのだ」
(第14話:完)
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