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《冒険者ギルドのお仕事ファンタジー》鉄の受付嬢リリアンのプロの流儀 ~冒険は、窓口から始まります~  作者: ざつ
第二部:四月・芽吹きと波乱の季節

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第13話:ギルドマスターの「たまには格好いいところ」

◇◆◇◆◇


【視点:クリフォード・マルソー】


 4月の穏やかな日差しが差し込むギルドマスター室。しかし、室内の空気は北極圏の吹雪よりも冷たく凍りついていた。

 私の目の前には、王都の監査局から派遣されたという、剃刀かみそりのように鋭い目つきの男が座っている。


「――クリフォード殿。この第1四半期のポーション発注数に120ゴールドの乖離かいりがある。説明を」


「あ、ええ……。それは……」


 私は冷や汗を拭い、震える手で眼鏡のブリッジを押し上げた。私の隣では、経理担当のベルナールが、青白い顔で猛烈な速度でそろばんを弾いている。


「監査官殿、その件については私が……」


「黙りなさい、経理官。数字の整合性など、権限の前では二の次だ。承認手続きの不備は、組織の腐敗そのものだ」


 ベルナールが「チッ」と微かな舌打ちを漏らす。彼の魔導そろばんによる計算は完璧だ。そして私の魔導演算による数字も正しい。だが、この監査官の放つ「権力の圧」は、私たちの正論を踏みにじるには十分すぎた。このままでは、来期の助成金を15パーセント削減され、新人の育成枠が壊滅してしまう。


 かつてS級魔術師として戦場を支配した私だが、この「印影と署名」が武器の戦場では、魔法式一つ展開できない。絶体絶命だ。その時、コンコンと静かにドアが叩かれた。


「失礼します。皆様にお茶をお持ちしました」


 入ってきたのは、受付のリリアン・ヴェールだった。そして彼女の背後には、地下から這い出してきたようなほこりっぽい長いコートを纏った男――図書係のアンリが、重厚な革綴じの台帳を抱えて立っていた。


「マスター。そちらは王都の法務局から届いた『緊急事態における支出免責事項の最新判例』です。そしてアンリさんが、その根拠となる30年前の『王都大火災時の特例支出ログ』をアーカイブから発掘してくれました」


 アンリが、無表情に、しかし執念深さを感じさせる手付きで台帳を監査官の前に突き出した。


「……監査官殿。あなたが先ほど『腐敗』と称した手続きは、30年前に当時の監査局長自らが『迅速な救済のために推奨する』と署名した形式と、1文字の差異もなく一致しています。記録は、嘘をつきませんよ」


 アンリの埃っぽい、しかし確信に満ちた声が室内の空気を変えた。


◇◆◇◆◇


【視点:クラウディア・マルソー】


 マスター室の片隅で、私は微笑みを絶やさず、男たちの苦戦と逆転劇を見守っていた。


 クリフォードは計算には強いけれど政治的な駆け引きに弱く、ベルナールは理屈に強すぎて相手の「感情的な嫌がらせ」を予測できない。アンリもまた、知識の海に潜りすぎて地上の社交を忘れている。そこが、このギルドの男たちの愛すべき欠陥だ。


 監査官は知らないのだろう。目の前の男がかつて指先一つで数千の魔物を灰に変えた伝説の魔導師であることを。そして、隣で茶を啜っている私が、大剣一本で巨竜の首を落とした前衛職であったことを。


 500人以上もの荒くれ者を黙らせるこのギルドの職員が、ただの事務屋であるはずがない。いざとなったら全員を物理的に制圧できる「暴力の予備役」でなければ、受付など務まらないのだから。



 私は扉のところでトレイを下げたリリアンと目が合った。

 彼女のアクアマリンの瞳が、静かに「外堀は埋まりました」と告げている。私は優雅に紅茶を啜りながら、監査官に向かって柔らかく微笑んだ。


「そういえば、監査官殿。あなたの弟君が経営している道具屋、騎士団向けの納入で基準を緩和してもらったという噂を聞きましたが……。あら、アンリさんが調べた古い納入記録にも、似たような名前があったかしら?」


 監査官の顔色が、一瞬で土気色に変わった。

 私たちが握っているのは「理論」だけではない。アンリが守る膨大な過去の「記録」、そしてナネットが影から拾い集めてくる「現在の弱み」だ。


「さあ、クリフォード。ベルナール。リリアンとアンリが用意してくれた『証拠』を使って、もう一度、説明をして差し上げなさい。お互い、早々に解決した方がよろしいわね?」


 それからの展開は、まさに一方的な「殲滅せんめつ」だった。


 クリフォードの「理論」、ベルナールの「計数」、リリアンの「実務」、アンリの「記録」。

 それらを私が「笑顔」という名の圧力でまとめ上げる。


 30分後、監査官は震える手で「すべて適正」の判を押し、逃げるように部屋を去っていった。


「……ふぅ。助かったよ。みんながいなければ、今頃ギルドは破産していた」


 アンリは「……埃が舞うので、僕は地下に戻ります」と短く言い残して立ち去り、リリアンは一礼して冷淡な声で言った。


「マスター。あなたが魔導演算に集中できるよう環境を整えるのは、事務方の当然の職務です。予算案を3分以内に片付けてください。定時まで、あと1時間もありませんから」


 英雄たちがペンを執り、守り抜こうとするこの「日常」。その采配があるからこそ、私たちは明日もこの窓口を開き続けられるのだ。



【リリアンのプロな流儀】

「組織の長を支えるのは、盲目的な忠誠心ではない。彼が最も得意なことに集中できるよう、あらゆる雑音を排除し、環境を整える『裏方の采配』こそが、真のプロの献身である」


(第13話:完)


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