第12話:看板娘ミアの恋敵は「受付第一窓口」?
◇◆◇◆◇
【視点:ミア・シレット】
4月のギルドは、新人たちの熱気でいつも以上に騒がしい。
私は食堂『銀の匙』のカウンターから、ホールの喧騒を眺めていた。看板娘として笑顔を振りまくのが私の仕事だけど、今の私の心は、あそこに咲く一輪の「鉄の花」に向けられていた。
第1窓口。そこに座るリリアンさんの前には、今、このギルドでも評判のイケメン剣士、カイル様が立っている。
爽やかな笑顔で依頼の報告をするカイル様。さらに、相変わらず冷徹な、でもどこか凛として美しいリリアンさん。
(……ちょっと、なにあれ! カイル様、リリアンさんと話すときだけ、なんか顔が近くない!?)
私の胸の中で、嫉妬の炎がボッと燃え上がる。
リリアンさんは事務的に接しているだけに見える。でも、あの無表情こそが男の人を惹きつける「魔性の冷徹」なんじゃないかって、最近の私は疑っている。
「リリアンさん、ちょっといいですか!」
カイル様が去った後、私は速攻で窓口に詰め寄った。エリスが隣で「ひっ」と震えたけれど、今の私は止まらない。
「なにかしら、ミアさん。今はまだ勤務時間内よ。ランチの注文取りなら後にしなさい」
「そんなんじゃありません! リリアンさん、カイル様に色目を使ってませんか? ギルドの受付嬢として、特定の人への『色仕掛け』は禁止のはずです!」
リリアンさんは羽ペンをピタリと止め、アクアマリンの瞳を私に向けた。その温度は、絶対零度。
「……色仕掛け? 彼の装備のメンテナンス不足を指摘し、このままでは来月にはCランクからDランクに降格する可能性が高いと、客観的なデータを提示しただけよ」
「え……? 降格?」
「彼の剣の柄には3ミリのガタつきがあり、右の革鎧には先週の魔物との接触でついた深い傷が放置されている。さらに、ここ数回の依頼完了時間が平均して15パーセント遅延しているわ。これは彼自身の持久力が限界にきている証拠よ。……恋に浮かれている暇があるなら、彼の墓碑銘の予約でも取っておきなさい」
リリアンさんはそこまで言って言葉を切り、私を品定めするように見つめた。
「……と言いたいところだけれど。私のカタログによれば、あなたは『特定の個人』の健康状態に異常に執着する傾向があるはずよね。カイルは最近、遠征資金の貯蓄のために朝食を抜いて早朝から依頼に出ているわ。低血糖による集中力の欠如が、その装備の傷と遅延の真の要因よ」
リリアンさんは私の手元にある包みに視線を落とし、わずかに目を細めた。
「その手に持っている『物理的な解決策』を腐らせたくないのなら、早く行きなさい。空腹の剣士は、甘い言葉よりも一切れの肉の方に価値を見出すものよ」
リリアンさんはそう言い捨てて、次の書類へと視線を落とした。――と思った次の瞬間。
カウンターの下で、彼女の手が私にだけ見えるように小さく親指を立てるのを、私は見逃さなかった。
(……え、嘘。私の気持ち、1ミリの漏れもなくバレてたんだ!?)
羞恥心で耳まで赤くなる。けれど、それ以上に胸の奥が熱くなった。
冷徹な分析と、無慈悲なまでの正論。でも、その奥に潜んでいたのは、私の恋路を「攻略対象」として肯定してくれる、力強いエールだった。
「……行ってきます、リリアンさん!」
私はもう言い返すことも、嫉妬することも忘れて、お弁当を抱えたまま全力でホールを駆け出した。
◇◆◇◆◇
【視点:リリアン・ヴェール】
ミアさんに詰め寄られ、私は内心、困惑していた。
色仕掛けなどという非効率な戦術、私の辞書には存在しない。だが、彼女が手にしていた包みが、先ほどから私の『冒険者カタログ』の端で激しく自己主張を続けている。
(事象:看板娘ミアによる激越な抗議。原因:カイルの健康状態および恋愛感情に由来する誤解。解決策:……情報の適正な提供、および戦術的な後押し)
「……ミアさん。その包みは何?」
「えっ? あ、これ……カイル様に渡そうと思って作った、お弁当です。でも、さっき『降格する』なんて言われちゃったら、渡すのが怖くなっちゃって……」
ミアさんは金髪のツインテールをいじりながら、シュンと肩を落とした。
私はその包みから漂う、ボロス料理長仕込みの香ばしい匂い、そして包みの重みから中身を推測する。
「見せなさい」
包みを開けると、そこには彩り豊かな野菜の和え物と、脂身を抑えた良質な赤身肉、それから鉄分を多く含む春の根菜の煮物が入っていた。
「……素晴らしいわね」
思わず、本音が漏れた。
「今のカイルに必要なのは、派手な魔法の剣でも、新しい防具でもないわ。蓄積した疲労を回復させるための鉄分、そして神経の伝達を助けるビタミンよ。このメニューは、彼の現在の持久力不足を補うために、計算したかのように最適だわ。……ボロス料理長に相談したの?」
「い、いえ。カイル様が最近、疲れやすそうだったから、栄養がつくものを……って、自分で考えました」
私はアクアマリンのピアスを一撫でし、ミアさんの目を見つめた。
彼女の瞳には、カイルが冒険者として「特別」であること以上の、ひたむきな熱量が宿っている。
「……行きなさい、ミアさん。彼がギルドの外に出る前に。この食事を3日間続ければ、彼の反応速度は2パーセント改善されるはずよ。そうすれば、私が指摘したランク降格の未来は、あなたの手で書き換えられる」
ミアさんがハッとした顔をする。
私は彼女の羞恥心が爆発し、足がすくんでしまわないよう、視線を書類へと戻した。そして、カウンターの天板に隠れる位置で、私にしかできない「非効率なエール」を送った。
小さく、力強く、親指を立てる。
それは完璧な事務処理には不要な動作であり、冷徹な仮面の一部でもない。
けれど、カイルという「ギルドの戦力」を守り、同時にこの騒々しい看板娘の「芽吹き」を肯定するためには、今この瞬間、不可欠な儀式であるように思えた。
「リリアンさん……。ありがとうございます!」
ミアさんの足音が、ホールを遠ざかっていく。
私は再び羽ペンを手に取る。
エリスが隣で、「リリアンさん、今のサムズアップ、かっこよかったです……!」と顔を輝かせている。
「エリスさん、何を言っているの。指を動かしていいのはペンを握っている時だけよ。マニュアルの15ページ、書き損じを3分以内に修正しなさい」
(応援……? いいえ、これは情報の適正な提供よ。……あくまで、ギルドの運営効率を最大化するための……)
そんな言い訳を脳内で並べながら、私はほんの少しだけ、口角が緩みそうになるのを必死で抑えた。
みんなは知らない。
私が「鉄の女」として、いかに多くの冒険者を数字で突き放しているか。
でも、それと同じ数だけの「明日も生きて帰るための道」を、こうして不器用な動作で示し続けていることも。
ミアさんだけは、そのことに少しだけ気づいてくれたのかもしれない。
外では春の風が吹き抜け、散った桜の後に、力強い緑が芽吹き始めていた。
【リリアンのプロな流儀】
「恋は盲目だが、プロの目は相手の装備の傷一つ、体調の変化一つを見逃さない。その冷徹な観察眼から導き出された『一言』こそが、時にどんな愛の言葉よりも、大切な人の未来を守る力となるのだ」
(第12話:完)
ぜひご感想をお寄せください。
また評価とブックマークもしていただけると嬉しいです!!




