第95話:不屈の廃王、あるいは泥濘の防衛線――「ガラクタの意地を見せてやる」
王都の至高の尖塔が、新人類軍の放つ魔導砲によって粉砕され、黄金の瓦礫となって崩れ落ちた。かつてアルスが頂点に君臨したその場所は、今や新時代の到来を告げる爆炎と、旧世代の終焉を嗤う哄笑に包まれている。
「――聞こえるか、旧き時代の残滓どもよッ!! 貴様らが貪った魔力、貴様らが強いた不遇、そのすべてを我ら新人類が清算する!! 魔王アルスと、その淫らな女神たちを、因果の彼方へ処刑せよッ!!」
王宮の前広場を埋め尽くしたのは、魔力を持たない者が、科学と魔導を融合させて作り上げた「魔導アーマー」の軍勢。彼らは、アルスが世界の魔力を「不遇者」へ還元した際、その余波で覚醒した、新たな適応者たちだった。彼らにとって、アルスもセレスティアたちも、自分たちを虐げた「旧き神々」に過ぎなかった。
「……ハッ。……『歴史のざまぁ』かよ。……傑作だな、アルス」
地下牢の入り口で、アーサーが泥だらけの聖剣を構え、皮肉げな笑みを浮かべた。
アルスは、立ち上がった。足腰はまだ弱く、魔力は一滴も戻っていない。だが、彼の瞳は、かつてないほどに澄み渡り、鑑定の極致を捉えていた。
『鑑定結果:新人類軍・第一波(魔導歩兵大隊)』
『状態:……完全なる魔導統制。……彼らの魔術体系は、我々の知る「因果干渉」ではなく、「物理法則の強制書き換え」に特化しています』
『警告:……地下牢の防壁、残り300秒で貫通。……正面突破は不可能です』
「……みんな。……俺たちはもう、神でも魔王でもない。……ただの、泥水を啜って生き延びた『最底辺の執念』だ」
アルスは、傍らにいた七人の女たちを見渡した。彼女たちの瞳に、恐怖はない。あるのは、自分たちの生活を、自分たちの「主」を守るという、生存本能としての戦意。
「……セレスティア、アイリス、みんな。……もう一度、俺に力を貸してくれ。……今度は、世界を支配するためじゃない。……俺たちの、この一切れのパンを分け合う『ささやかな幸せ』を……邪魔する奴らを、追い払うために!!」
「「「「――はい、アルス様!!」」」」
アルスの指揮のもと、泥まみれの防衛戦が始まった。
王宮の地下牢は、かつてアルスが監禁されていた頃の記憶を逆手に取り、複雑怪奇な「迷路」へと再構築されていた。魔力を持たないアルスには、防壁を作る力はない。だが、彼には、ガラクタの山から「敵を嵌める罠」を鑑定する力があった。
「……セレスティア! 第三通路の天井に、フィオナの『感覚共有の蔦』がまだ生きている! ……あそこに、敵の魔導アーマーを誘い込め!!」
「……了解いたしましたわ、アルス様!! ……貴方たちの『不遇への憎悪』、私がすべて『主様への愛』へと書き換えて差し上げますわ!!」
セレスティアが、魔力なき「声」で呪いを紡ぐ。その声は、魔導アーマーのパイロットたちの精神に直接干渉し、彼らの動きを一時的に硬直させた。
「……アイリス! 今だ!! 蔦に絡まった奴らの脚部を、その鉄の扉で粉砕しろ!!」
「……おおおぉぉぉッ!! 私の肉体こそが、主を守る最強の『盾』であり『剣』だぁぁッ!!」
アイリスが、魔力の補助なしでは持ち上がらないはずの、重い鉄の扉を「素手」で引き剥がし、魔導アーマーの脚部へと叩きつけた。超重量の物理攻撃が、魔導防御を貫通し、アーマーを次々と沈黙させていく。
「……ロザリア! 敵の第二波が、地下水道から侵入してくる! ……あそこは前世で、俺が『冷気』の因果を隠した場所だ。……貴女の血で、その因果を起動させろ!!」
「……主様。……私の血が、貴方の『凍土』となるなら……喜んで、捧げますわ……!!」
ロザリアが、自身の指を噛み切り、地下水道の壁に血の魔法陣を描いた。その瞬間、魔力ゼロの空間に、前世のアルスが遺した「絶対零度」の因果が目覚め、地下水道を侵入してきた魔導アーマーを一瞬で氷像へと変貌させた。
「……カゲロウ! 影の中に潜み、奴らの『魔導核』の振動数を鑑定しろ!! ……リリス! カゲロウの鑑定結果をもとに、敵の魔導回路を物理的に『切断』するタイミングを指示しろ!!」
「……了解、主様。……奴らの光、私がすべて飲み込んで差し上げますわ」
「……マスター。……了解です。……魔導核の振動数、特定完了。……切断まで、残り3、2、1……今です」
カゲロウが実体のない影となって敵のアーマーの内部へ侵入し、リリスがそのデータを解析。完璧なタイミングで、アーサーが錆びた聖剣をアーマーの装甲の隙間へと突き立て、魔導核を物理的に破壊した。
「……ひ、ひゃははは! 傑作だぜ! ……神の力も魔王の権能もねぇのに、ただの『ガラクタの知識』と『執念』だけで、新時代の軍隊を圧倒してやがる!! ……これぞ、本当の『ざまぁ』じゃねぇかよ!!」
アーサーが、爆炎の中で狂喜の叫びを上げる。
だが。
新人類軍の総司令官、アルスの前世の「不遇」の元凶であった、元・聖騎士長レオポルドが、玉座の間へと現れた。彼は、アルスの鑑定さえも無効化する、最新鋭の「因果遮断アーマー」を纏っていた。
「……アルス。……貴様の鑑定も、再構築も、もう古い。……この世界は、我ら新人類が管理する。……貴様はここで、ただの『不遇な老人』として、孤独に死んでいくのだ」
レオポルドが、魔導砲をアルスへと向けた。
アルスの【深淵鑑定】は、その砲口から放たれる「存在消去」の因果を捉えていた。魔力ゼロ。防御不可。回避不能。
(……ああ。……ここまで、か。……みんな、俺のために……)
アルスが、死を覚悟したその時。
彼の手の中にあった「錆びた釘」が、黄金の光を帯びて拍動した。
『鑑定結果:錆びた釘(リリィの形見)』
『真・再構築案:……【全ヒロインの愛】を、この一本の釘へと『物理的』に統合する』
「……え……?」
「お兄ちゃん。……ガラクタの意地、見せてあげよう?」
リリィの無垢な声が、脳裏で響いた。
アルスは、自分を囲んで戦う、七人の泥まみれの女たちを見た。彼女たちの、自分への、狂おしいほどの愛と執着。
「……みんな。……俺に、君たちの『愛』を、全部貸してくれ!! ……この一本の錆びた釘に、君たちの『执念』を、全部込めるんだ!!」
「「「「――はい、アルス様!!」」」」
セレスティアの呪い、アイリスの武、ロザリアの冷気、フィオナの蔦、カゲロウの影、エルーシャの気品、リリスの管理。
七つの異なる「愛」が、アルスの【真・再構築】によって、一本の錆びた釘へと「物理的」に統合された。
『概念再構築:【七極統合・愛の楔】――発動』
『術式概要:……魔力ではない。……純度100%の『執着』を物理的な質量へと変換し、対象の存在を、因果ごと『愛の檻』へと縫い止める』
「……なっ、この光は……!? 魔力ではない……何だ、この『重さ』は……ッ!?」
レオポルドが驚愕に瞳を揺らす。
アルスが、光り輝く錆びた釘を、レオポルドへと投げつけた。
「――さあ、鑑定の時間だ。……新人類の諸君。……君たちも、この『愛の泥濘』の中で、永遠に、不遇を味わい続けるんだ!!」
釘が、レオポルドのアーマーへと突き刺さった。
瞬間、アーマーの因果遮断機能が崩壊し、レオポルドの身体が、内側から七つの色の「執着」によって縫い止められていく。
「……あ……あああぁぁぁっ!! 体が、動かない……!? ……愛、愛が、重すぎる……ッ!!」
レオポルドの絶叫と共に、新人類軍の魔導アーマーが一斉に機能を停止した。
彼らの纏う「合理」は、アルスたちの放った「狂気」によって、完全に圧倒されたのだ。




