第32話:光の暴風雨、深淵を穿つ――そして、氷の女将軍が溶かされる時
大陸南端、大地が巨大な顎を開けたかのような縦穴『奈落の淵』。そこから溢れ出したのは、陽光さえも喰らい尽くす濃密な漆黒の霧であった。霧の只中から、数万の翼を持つ異形――『終焉の使徒』たちが、飢えた獣の如き咆哮を上げて天を埋め尽くす。その軍勢の先頭、氷の結晶で編まれたかのような、肢体の曲線を露骨に強調する鎧を纏い、冷徹な美貌を誇る女がいた。
深淵の四天王が一角、『氷獄のロザリア』。
「ふん……。天空に浮かぶ小賢しい庭園など、我が氷結の魔力で凍てつかせ、墜としてくれるわ」
彼女が指先を振るえば、大気中の水分が一瞬で絶対零度の刃となり、並の軍勢ならば一息に絶命させるだろう。だが、そのロザリアが嘲笑を浮かべた瞬間、天空の雲が割れた。
「……ターゲット、ロック。お掃除の邪魔だから、分子レベルで退場してもらうよ」
アルスの冷徹な声が空に響き渡る。天空要塞アルスガルドの底部がスライドし、黄金の魔力を帯びた巨大な多連装魔導砲が姿を現した。
「【全方位再構築】――光子分解雨」
放たれたのは、一筋の閃光ではない。数万、数億という針の如き黄金の光が、上空から降り注ぐ暴風雨となって戦場を包み込んだ。それは単なる破壊魔法ではなかった。光に触れた深淵の異形たちは、その肉体を構成する物質そのものを「清浄な空気」へと再構築され、文字通り粒子となって消滅していく。
「な……っ!? 私の精鋭たちが、一瞬で……!? 魔法障壁が効かないだと!?」
ロザリアは戦慄した。彼女の誇る極寒の結界さえも、アルスの放つ光に触れた途端、春の陽光にさらされた雪のように、甘く溶かされ霧散してしまう。
「残るは、君一人だね」
転移魔法によって、アルスがロザリアの目の前に音もなく降り立った。先ほどまでの露天風呂の余熱が、彼の肌に微かな色気を与えている。薄く開いた外套の隙間から覗く、しなやかな筋肉の躍動。
「き、貴様が……天空の主か……っ!」
ロザリアは屈辱に顔を歪め、至近距離から最大火力の氷槍を放とうとした。……だが、アルスは動かない。彼はただ、ロザリアの細い腰を引き寄せ、彼女の額にそっと指を当てた。
「【深淵鑑定】。……君、自分の魔力に魂を侵食されて、ずっと苦しかったんだろ?」
「……っ!? な、何を……っ、ぁっ!?」
アルスの指先から、甘く、痺れるような黄金の魔力がロザリアの体内へと流れ込む。深淵の冷たい呪いに凍えきっていた彼女の五臓六腑が、アルスの圧倒的な「熱」によって激しく愛撫され、強制的に浄化されていく。
氷の鎧がパキパキと音を立てて砕け、その下から現れたのは、汗を浮かべ、艶かしく上気した一人の女の肌だった。深淵の鎧は防御力と引き換えに、纏う者の肌を常に冷気で痛めつけ、神経を昂ぶらせる「呪具」でもあったのだ。その呪縛から解き放たれた肉体は、初めて触れられる異性の熱に、過剰なまでの反応を示していた。
「ぁ、あぁ……っ、熱い……。中が、こんなに……っ、溶かされていく……」
ロザリアの瞳から、侵食の象徴であった黒い色が抜け、澄んだ碧眼が露わになる。彼女は自分の意志とは裏腹に、アルスの胸元に崩れ落ち、彼の外套を震える指で掴んだ。アルスの放つ魔力は、彼女の魔力回路を強引に広げ、隅々にまで黄金の輝きを流し込んでいく。その感覚は、暴力的なまでの快楽を伴い、彼女の戦意を根底から奪い去った。
「君の回路を『再構築』しておいた。もう、誰かに命じられて凍える必要はないよ」
アルスが優しく囁き、彼女の顎をクイと持ち上げる。先ほどまで戦場を凍らせていた氷の女王は、今や熱い吐息を漏らし、潤んだ瞳でアルスを見つめる「恋する乙女」へと変貌していた。肌を晒したロザリアは、自身の胸元を隠すことさえ忘れ、アルスから与えられる未知の充満感に身を委ねていた。
「……あ、あぁ。……貴方は、私の心を、私そのものを……壊して、作り直してしまったのね……」
彼女の体からは、かつての禍々しいオーラは消え失せ、代わりにアルスの魔力に染まった清浄な光が漏れ出していた。ロザリアは、アルスの指先が触れるたびに小さく身悶え、その喉からは、かつての将軍とは思えぬ、甘く蕩けた声が溢れ出す。
「……殺しなさい。さもなくば、私は……ずっと貴方を、求めてしまう……」
「殺さないよ。これからは、うちの温泉でゆっくり温まるといい。……ちょうど、タイル磨きのボガード君が寂しがっていたからね」
アルスは彼女を軽々と抱き上げた。その腕の中で、ロザリアは抗うどころか、その温もりに縋るように、彼の首に細い腕を絡ませた。
その光景を、上空のモニターで見ていたセレスティアとアイリスたちが、一斉に立ち上がった。
「「「あの泥棒猫ぉぉぉぉ!!!」」」
アルスガルドのブリッジに、戦場以上の絶叫が響き渡る。アルスの無自覚なカリスマと「再構築」の力は、深淵の最強戦力さえも、一瞬にして愛の奴隷へと書き換えてしまったのである。
一方、奈落の淵の奥底。
「……ロザリアまで堕ちたか。鑑定士の小僧め、面白い力を使う」
深淵の主が、暗闇の中で愉悦に満ちた声を漏らした。だが、その瞳には冷酷な計算が光る。
「だが、愛という感情もまた、最上の『バグ』となる。……次なる刺客に、究極の呪いを預けるとしよう」
アルスガルドの勝利に沸く天空都市。しかし、アルスの隣を巡る女たちの戦争は、新たな「外敵」の参戦によって、さらなる混迷を極めていく。
「主様、その女を今すぐこちらへ!!」「いえ、私が聖女の儀式(身体検査)を行います!」
アルスを待ち受けていたのは、深淵の軍勢よりも恐ろしい、ヒロインたちによる「再構築」であった。
物語は、深淵の核心へと迫ると同時に、アルスの貞操を巡る最大の危機へと突入する。




