第26話:皇帝の降伏と、忍び寄る深淵の影
第25話では、大陸最大の富豪が「金貨がただの石ころに見える」ほどの資産格差に絶望し、温泉のタイル磨きに転職しました。
しかし、その平和な光景を壊そうとする者が現れます。
軍事帝国の皇帝が、ついに自ら降伏と謝罪のために聖域を訪れますが……。
そこに「深淵の使徒」の魔の手が忍び寄ります。
聖域都市アルスガルドの会談場。
そこには、かつて敵対していたラングリード王国の国王と、ヴォルガ軍事帝国の皇帝が並んで座っていた。
二人の最高権力者の前で、アルスはいつも通り、イヴが淹れたお茶を啜っている。
「……アルス様。この度は、我が国の愚かな暴挙、心よりお詫び申し上げる。……三万の軍勢を吸い取られた時点で、私は悟るべきだった。貴殿こそが、この世界の真の理なのだと」
傲慢だった皇帝が、今や借りてきた猫のように震えながら、特製の『聖域ジャム』を土産に持ってきた。
「いいですよ、皇帝さん。……掃除した後の素材、結構役に立ちましたから。これからは仲良くしましょう」
アルスが笑って手を差し出した、その時。
――パリンッ!!
快晴だった空が、まるでガラスが割れるように「亀裂」を走らせた。
聖域を覆っていた黄金の結界が、禍々しい漆黒の杭によって貫かれたのだ。
「な……!? 世界樹の結界を、力ずくでこじ開けただと!?」
アイリス王女が叫び、剣を抜く。
空の裂け目から降り立ってきたのは、純白の法衣に身を包み、瞳だけが深淵のように黒い男――。
「……あな、喧しい。神の庭を、人間風情が汚すな」
男が指をパチンと鳴らす。
瞬間、周囲にいた近衛騎士たちが、悲鳴を上げる暇もなく「影」に飲み込まれ、消滅した。
『警告:未知の干渉を確認』
『個体名:【深淵の使徒】第一席・ゼノン』
『推定ランク:世界崩壊級』
「主様。……これまでの連中とは、次元が違います」
イヴが初めて、戦士としての鋭い殺気を放ち、アルスの前に立った。
ゼノンと呼ばれた男は、アルスを蔑むように見下ろした。
「鑑定士の小僧。お前がやっているのは、世界樹の『バグ』を利用した紛い物の奇跡だ。……世界は一度、深淵に還らねばならん。その苗木、返してもらうぞ」
「……返せって言われても、これ、俺が自分で育てたんだけど」
アルスはゆっくりと立ち上がり、ゼノンを見据えた。
自分や仲間たちが作り上げた、この「家」を壊そうとする者。
それだけは、絶対に許さない。
「【鑑定】。……そして、【強制再構築】」
アルスの瞳が、黄金色から「無色透明」へと変化する。
これまでの『再構築』は、物質を作り変えるためのものだった。
だが、今放たれたのは、「存在そのもの」を否定する力。
「……なっ!? 私の深淵の魔力が、霧散していく……!? 貴様、何をした!!」
「君の魔力、ちょっと『古臭い』から。……最新の『空気に優しいエネルギー』に書き換えておいたよ」
アルスの指先から放たれた光が、ゼノンの漆黒の法衣を、一瞬で「ただの白い木綿」へと再構築した。
「……貴様ぁぁぁ!!」
激昂したゼノンだったが、聖域の魔力が彼を「不純物」として拒絶し、裂け目へと弾き飛ばした。
静寂が戻る。
だが、アルスは知っていた。今のは、単なる挨拶代わり。
世界の裏側で、本物の「破滅」が動き出したことを。
「……主様。第2章の終わりが、近づいていますね」
「ああ。……みんな、ちょっと本格的な『防衛準備』を始めようか」
アルスガルドの「平和」は、今、世界規模の「大戦」へと飲み込まれようとしていた。
第26話をお読みいただきありがとうございました!
ついに「深淵の使徒」が襲来。アルスの力が、ついに「概念」すらも再構築し始めました。
皇帝の降伏で人間同士の争いは終わりましたが、ここからは世界のバグを正す「神話」の領域へ。
次回、第27話。「聖域、空に浮く。……要塞都市『アルスガルド』、移動開始!」。
物語はさらにスケールアップします。お楽しみに!




