第16話:帝国のスパイ、聖域の快適さに敗北する
第2章「聖域都市・建国無双編」スタートです!
第1章を応援してくださり、本当にありがとうございました。
「聖域都市アルスガルド」として産声を上げたアルスの拠点。
そんな伝説の地に、お隣の軍事帝国から「潜入のプロ」が送り込まれます。
……が、彼女を待ち受けていたのは、拷問よりも過酷な「究極の幸福」でした。
軍事帝国『ヴォルガ』。
そこは弱肉強食を信条とし、大陸最強の武力を誇る国家である。
「……ここが、件の『聖域』か。フン、甘っちょろい空気が漂っているな」
夜の帳に紛れ、聖域の境界線を越えようとする影があった。
帝国の隠密部隊『影の手』の一員、カレン。
彼女は数々の国家中枢に潜入し、情報を盗み出してきた超一流の隠密だ。
「世界樹の情報を盗み出し、主とやらの寝首を掻く。……それだけで、私の任務は完了だ」
カレンは熟練の動きで結界の隙間をすり抜け、都市の居住区へと侵入した。
だが、そこで彼女が目にしたのは、殺風景な森ではなく、宝石を散りばめたように輝く「未来都市」のような光景だった。
「な……何だ、この道は。石畳が自ら発光しているのか!? それに、この空気……吸うだけで傷ついた肺が癒やされていく……」
潜入して数分。
本来なら神経を研ぎ澄まさなければならないはずが、聖域に満ちる濃密な魔力が、彼女の「戦士としての殺気」を強制的にデトックス(浄化)していく。
「い、いかん。落ち着け。まずは潜伏場所を確保しなくては――」
カレンは人気のない建物の陰に隠れようとした。……が。
「おや。夜更かしですか、お客様」
背後からかけられた声。
カレンは反射的にナイフを抜いて振り向いた。そこには、銀髪の精霊イヴが、トレイに乗った湯気の立つマグカップを持って立っていた。
「……っ!? いつからそこに!」
「最初からですよ。……貴女、帝国の隠密さんですね? 殺気が『少しだけ』尖っていたので、すぐ分かりました」
カレンは戦慄した。
自分の潜入術が、これほどあっさりと見破られたことなど一度もない。
「……殺せ。情報を吐くつもりはない」
「殺す? 滅相もない。主様は『お腹が空いている人には優しくしなさい』と仰っています」
イヴはカレンの手に、マグカップを押し付けた。
中には、世界樹の葉と黄金の林檎の果汁をブレンドした、伝説級のホットドリンクが入っている。
「毒など入っていませんよ。……冷める前にどうぞ」
「……っ、そんな安い手に……」
カレンは警戒しつつも、立ち上る神々しいまでの香りに抗えず、一口すすった。
その瞬間。
「………………はぁぁぁぁああぁ……」
カレンの口から、魂が抜けるような溜息が漏れた。
冷え切った体が芯から温まり、長年の隠密活動でボロボロだった神経が、一瞬で緩んでいく。
『個体名:カレン(帝国スパイ)』
『状態:戦意喪失、至福、胃袋の陥落(100%)』
「……う、うますぎる。何だこれは。私が今まで食べていたレーション(携帯食)は、土塊だったというのか……?」
「お口に合ったようで何よりです。……さあ、主様がお待ちです。明日からここで『警備員』として働いていただくための、面接を始めましょうか」
「……え? め、面接……?」
翌朝。
聖域の門の前で、帝国の最新鋭の鎧を脱ぎ捨て、なぜか「聖域特製のエプロン」を纏って真面目に掃除をするカレンの姿があった。
「帝国の同胞たちよ、すまない。……だが、この街の『おやつ』を食べるまでは、私は帰るわけにはいかないんだ……!」
こうして、最強の敵対勢力であったはずの軍事帝国は、一人のスパイを「幸福」という名の底なし沼に沈めることで、その一角を崩されたのであった。
第16話をお読みいただきありがとうございました!
第2章のスタートは、帝国の刺客が「居心地の良さ」で即落ちするという、なろうらしいコメディ展開でした。
アルスの無自覚なチートは、武器を使わずに敵を無力化してしまいます。
次回、第17話。「スパイからの情報。帝国軍、三万の軍勢で侵攻開始。……対するアルス、一機のゴーレムで出撃する」。
ついに、本格的な「無双」が始まります!




